電車は止まったところもそうでなかったところもあったが、都心で避難した人は皆無だった。警報が出てから半日経っても海岸で遊んでいた人もいたし、海岸の道路の交通も普通にあった。
実際にはほとんどの地域で0.3〜0.6m程度、最大でも1.3mに留まった。そして自分としても、海抜3m以上の場所にいたため、特に警戒はしなかったのだが、その後調べていて肝を冷やした。その判断は間違っていたのだ。
その間違いとは、津波の高さと遡上高との違いだ。つまり、津波の高さが1mであれば標高2mのところには届かない、と思い込んでいたのだが、それは誤りであり、津波の高さ以上のところにまで津波は到達するのだ。それを遡上高と言う。そして実際に過去どの程度の遡上高があったのかを調べてみて、肝が冷えたのだ。以下は生成AIに聞いて得た、過去の遡上高の例である。
1. 東日本大震災(2011年)
- 発表された津波の高さ:
- 岩手県大船渡市で観測された津波の高さは、3.8mでした。
- 宮城県石巻市鮎川で観測された津波の高さは、3.2mでした。
- 気象庁は、最大で10m以上の津波が予想されると発表しました。
- 実際の最大遡上高:
- 岩手県大船渡市では、30.9mの遡上高が確認されました。
- 岩手県宮古市田老地区では、40.1mという、観測史上最大級の遡上高が記録されました。
- 宮城県女川町でも、34.7mの遡上高が確認されました。
この事例が示すように、発表された津波の高さが3m程度であっても、遡上高はそれを10倍以上も上回る地域がありました。
2. 日本海中部地震(1983年)
- 発表された津波の高さ:
- 秋田県男鹿市で観測された津波の高さは、1mでした。
- 実際の最大遡上高:
- 男鹿市加茂青砂地区では、観測値の1mをはるかに上回る14.9mの遡上高が記録されました。
- この津波により、秋田県や青森県などで、多くの死者・行方不明者が出ました。
3. チリ地震津波(1960年)
- 発表された津波の高さ:
- 日本の太平洋沿岸各地で、津波の高さは1mから数メートルで観測されました。
- 実際の最大遡上高:
- 岩手県大船渡市では、観測された津波の高さが数メートルであったのに対し、最大で5.5mの遡上高が記録されました。
- 特にリアス式海岸の地形が、津波のエネルギーを集約させ、被害を拡大させました。
どうだろう。実際の津波の高さの10から15倍の遡上高が、実績としてあったということだ。予想高から考えても数倍の差があったのだ。
ここから得られる教訓は、至極簡単だ。最大高さ予測の15倍まで見込んで避難すべき、というものだ。今回の場合、東京23区は湾岸の注意報が1mだったわけだが、この計算によると標高15m以下のところは避難すべきとなる。その面積は、おそらく23区の三分の一から二分の一という広大な面積になる。ここに住む人は200から300万人に上ると思われ、数時間で避難するのは困難な数である。
となれば選択肢は一つで、標高と高さを合わせて15m以上のビルに避難するしかない。幸いにも都心にはこの程度のビルは無数にあるので、そこに数時間退避させてもらえば良い。住民全体としては無理でも、個人としてその知識を持っていれば、次からは対処できる。
それにつけても、この情報は当然気象庁は知っていたはずなのに、なぜ発表されなかったのだろう。大いに疑問であり、かつ不満である。下手をすれば、今回300万人死んでもおかしくなかったほどの重大情報なのに。無知は命をも左右する。次からはぜひ発表してほしいと思う。もちろんこの記事を読んだ諸氏におかれては、ぜひ周りにこの知識を拡散して、命を守ってほしい。
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