2017年7月31日月曜日

ノンアルコールビール


少し前に、職場で休憩時間にノンアルコールビールを飲んで上長に咎められた、という話が議論を呼んだことがあった。その際、殆どが否定的な意見だったのだが、中には「なぜダメなのか分からない」という意見もあった。これはちょっと興味をそそられた。

そもそも、海外では昼食時に飲酒することを特に咎めていないケースもある中、更にノンアルコール(最近では1%以下などではなく0.0%のものもある)で何故ダメなのか。否定派の中には単純に「非常識」で片付けてしまう人も居たのだが、もう少し突っ込んで考えてみると、問題の本質が見えてくる。

それは、「従来は単純な選択肢だったものが、時代と共に新しい選択肢が出てきたために混乱している」という図だ。他の例を挙げるなら、トランスジェンダーの問題が代表的だろう。

女子大にトランスジェンダー女子(体は男)が入学することは許されるのか、また女子トイレに入ることや女性限定サービスに参加すること、女性専用車両に乗ることはどうなのか。従来は問答無用でダメだったところ、トランスジェンダーに関する意識は国際的にも日本国内でも大きく変化している。

そこで改めて考えるのが、女性とは何なのか、あるいはなぜそのサービスは女性向けなのか、ということだ。そうすれば、精神性に関する部分は許されるべきで、肉体(特に性器)に関わる部分は更なる場合分け(性転換手術の有無、程度など)が必要、などと考えを進めることができる。

ではノンアルコールビールの場合はどうなのかと言えば、「非常識」というのを分解すると、日本文化では仕事が終わるまで酒を飲まないのが常識だ、というところがまず原点になる。なぜ海外では許されて日本では許されないのかと言えば、日本では仕事終わりに飲みに行って大いに羽目を外す習慣があったからだ。つまり「酒を飲む=仕事は終わり、羽目を外してよい」とうのが日本の「常識」だった、と考えられる。

これは一方で、酒は嗜み、嗜好品、酔うまでは飲まない、味や香りを楽しむもの、適度にリラックスして仕事の活力にする、という飲み方があることを否定している。大いに飲むなら当然思考力は低下し、仕事に支障を来たすだろう。だが、そうなれば当然本人の責任なのだし、その程度は個人差がある。そこで一律に縛ってよいものかどうか。

これには日本、日本人のもう一つの特性が観察できる。海外では、飲酒運転をまず車の挙動から判断し、怪しいとなれば追跡して止めて調べるが、日本では検問で全車両を止めて一律に検査する。また、建築許可などでも、シミュレーションや実地検査ではなく、設計段階で事前に決めた基準に沿っているかどうかでチェックされる。逆に、できたものが実質どうなっているかは検査されない。

つまり日本人は本質的に、結果を問うのではなく、過程を問う人種なのだと言えるのではないだろうか。嗜む人がいることは無視して、少しでも飲もうとする人は(酔っ払って仕事に支障を来たす『可能性が高い』から)ダメ、という発想だ。そうであれば、ノンアルコールビールでも「紛らわしいからダメ」というロジックが通じてしまう。

これを演繹と帰納に当てはめて考えるなら、日本風は演繹でありヨーロッパは帰納と考えられる。演繹の最大の欠点は、過程の誰(どこ)に責任があるかが曖昧(にできる)ところで、よく「責任者不在」などと言われる。建築でよく起こる瑕疵や書類偽造、列車脱線事故、築地移転など、結局責任元が曖昧で当事者が損をする理不尽は事件は後を絶たない。

過程さえ正しければ結果が悪くてもよい、というのは、日本の伝統のようだ。一連の議論の中で、「仕事で結果を出せば文句ないだろう」という意見が一つも出なかった(見かけなかった)のも、そういった日本人の特性を反映しているのかもしれない。

2017年7月30日日曜日

自動運転人工都市


「家族の自動車」が実際に使われる人工都市を考えてみた。コンセプトは、「地上に一度も降りずに生活できる都市」だ。

ここで考えるべきは、コミューターとリビングカーのサイズと役割分担である。既存の都市を発展させると想定した場合、リビングカーのサイズは幅2.5m、長さ10m、高さ3.5m辺りが限度である。これは大型バスに相当する。だが実際のリビングではもっと幅がほしいと思われる。このため、移動のためのリビングカー(家族揃って移動する)ものは2.5m幅に止め、自宅は別に持つようにするか、幅3m、4mのものを認めるかを考える必要がある。

広い土地があれば後者でも良いだろうが、現実的には前者だろう。そして前者であれば、リビングカーのサイズは小型~中型バス程度でも充分なはずだ。中型バスの椅子を取り払い、天井を高くして、床を低くして、後ろにコミューターハッチを1~2基設置する、その程度でよい。

ハッチのサイズは、車椅子が通る幅である必要がある。幅90cm、高さは2m。これが開口部の大きさなので、ハッチは更に一回り大きくなる。こうなるとバスの後部にハッチを2基並べるのはギリギリになる。コミューターのサイズを、幅1m、高さ2.5m、奥行1mとして、床の高さを40cmで揃える。

自宅における宅配便等の受け渡しは、大型品はコミューターハッチで、そうでない日常のものはロボットカーでやり取りする。このため、コミューターハッチは上下二分割で、ロボットカーに対しては下50cm程度のみが開くようにする。ロボットカーは荷物を押し出して、受領印やサインの類はその際に自動でやり取りする。これは新聞や郵便物などでも同様とする。

大規模施設では、長い廊下に大量のハッチが並ぶような光景が見られることになる。中型程度までは接続できるので、家族一同が一緒に乗り込むことができる。また、長さが短く椅子だけ、移動だけを目的としたタクシーも用意される。荷物だけを運ぶロボットカーも欲しい。

この接続を効率化するため、接続したまま放置することはせず、乗り降りをしたら直ぐに離脱して自動で駐車場に向かうようにする。また人の移動に応じてまた接続しにくるため、待ち時間を抑えることができる。ここはコンピュータで最適化する。駐車場は、立体駐車場でも可能だ。ギリギリまで詰められるので、効率よく土地を使うことができる。

学校や会社への移動はコミューターのみで行い、週末にはモールやレジャー施設などに中型リビングカーで移動、現地での細かい動きはまたコミューターで行う、というのが基本的な動きになる。

こういう都市ができると、途中でふらっと立ち寄るような行為は基本的になくなる。明確に「ここに行きたい」と指定しなければ、飲み屋にすら立ち寄れない。独立系の店が路地裏に、というのは少なくなるだろう。また、建物は大型化、雑居化の傾向が高くなるだろう。職場ビルの地下にいけば飲み屋、というのは今でもよくある光景だが、これに拍車が掛かる。

となると、帰路にそこを通らざるを得ないような設計にする、ということも考えられる。例えば、ターミナルが1階だとすると、中央エスカレーターに至るまでの道にそういう店があって、エレベーターには2階からしか乗れないようにする、などだ。

さて、ここまで書いておいてなんだが、日本では実現しにくいと思う。このシステムは高低差が激しいと、また道が狭すぎると上手く機能しないからだ。北海道の原野を切り開いて、とかいうのならまだしも、既存の都市を改造して導入するのは難しいだろう。

2017年7月29日土曜日

電子ペーパーAndroid端末


電子ペーパーを有し、360°回転できるキーボードを備える、Android端末が欲しい。画面サイズはB5くらいがよい。12型くらいか。重さはできるだけ軽く、できれば350g以下、せめて500g程度に。また、電磁ペンを内蔵してほしい。
この端末の用途はアイデア等のメモと読書である。電磁ペンとキーボードはメモに使い、読書のときはタブレットにして使う。なぜ電子ペーパーかというと、常時表示及び長時間電池駆動が欲しいからだ。メモにしても読書にしても、電源を入れる動作、5分経つと画面が消えてしまう、というのは我慢ならない。
スマホはスマホとして持ち歩きたいが、それを読書兼用にするには画面が小さすぎる。また、Androidのソフトでもタブレット用のものの一部は静止画表示に向いているはずだ。例えば月次カレンダーなどは机の上に置いておきたい。これには常時表示が必要だ。
で、メモだが、これはEverNoteやGoogle Keepなど、オンライン同期するものが使いたいし、一種類に限定できるほど決定的なものがないので、Androidなどがベースになって欲しいわけだ。同期するにしても独自ソフトだけだと後で使い勝手が悪い。また、自分の場合、一気に長文を書くことも多いので、キーボードは必須だ。しかも通常サイズのものがいい。これにはクラムシェル型のPCの形状が最適だ。
後は、できればカラーが欲しいのだが、これは高望みかもしれない。

2017年7月28日金曜日

ロボット自動仕訳


ゴミでも分別すれば資源になる。これは今まででも常識だ。例えばPETボトルの回収で、中にゴミが入っていたり色がついているものを弾く作業では、今でもロボットが使われているものと思うが、もっと広範囲にゴミを選り分けることができたらどうなるだろう。

産業ゴミはとりあえず置いておいて、家庭ごみを考えてみる。PETボトルやビン缶はある程度できているだろうから、燃えるゴミ燃えないゴミを考えてみよう。燃えるゴミの袋を全部破って出し、細かく切り刻んだ上で、様々な波長のカメラで撮影して資源の種類を特定し、選り分けるロボットがあったとする。

燃えるゴミと言っても様々なものがある。ビニールとポリエチレンを分離したり、紙でも普通紙と光沢紙と色紙を分離したり。そうやって分けることで、例えば燃えるゴミの8割が資源ごみになるかも知れない。そして資源ごみは集められてリサイクルされる。こうすれば、燃えるゴミの量は減り、資源リサイクルが躍進することになる。

資源ごみでも雑多なものの代表は残飯だ。これを材料ごとに分離することができればどうなるか。例えば米とパンと肉と野菜と骨と皮と漬物と、などだ。今では一緒くたにするしかなく、例えば家畜の飼料にするには塩分が多過ぎるなどの不具合があったが、分離することでその程度を押さえられるとしたら。

燃えないゴミでは、ガラスや陶器、鏡、金属、半導体などを細かく資源分けできないか。そうすれば埋めることなく再利用できるだろう。

これらは今までできなかったが、その理由は、人手に頼るしかなく時間と手間が見合わなかったからだ。AIとロボットでそれが解決できるのなら、ゴミをもっと気軽に出し、また処分費用も大きく節約できるように思う。

で、問題なのはそんなことが本当にできるのかどうか。またできたとして費用に見合うのか。前者だが、程度の差こそあれ今でもできるものはできる。また、ロボットと言っても手を二本持つロボットではなく、ベルトコンベアで指定の品を突き落とすようなものになるだろうから、技術的な目処は立てられるだろう。後は費用だが、さすがにこの程度の見立てでは分からない。前者が可能になった時点で改めて考えてみても遅くはない。

2017年7月27日木曜日

仮想空間の標準化


先日、

https://cluster.mu/

というサービスが始まった。以前流行ったSecondLifeと比べてみると、前者はロボットに毛の生えたようなアバターしかないのに対し、後者は実にリアルなアバターを使っている。アメコミと日本のマンガの違いを反映しているようで面白い。

SecondLifeは日本では廃れているが、海外ではそれなりに継続している。改めてSecondLifeが流行るかどうかは不透明だが、個人的にはGoogleなどが新たな仮想3D空間を発表して一気にそれらを取り込んでしまうのではないかと考えている。
それは、以前にも

https://spockshightech.blogspot.jp/2017/05/blog-post_27.html
https://spockshightech.blogspot.jp/2017/04/blog-post_17.html

などで夢想した通りだ。これらが従来のプラットフォームと何が違うのかというと、
  1. 他の人が見える、逆に言えば自分が何をするかは見られている
  2. ローカルにソフトをインストールする必要はなく、そこに「行く」だけでよい
というところだろう。Googleはもちろん、何処に何があるかを知らせる案内板、ないしは地図の役割をする。これは、URLのような無味乾燥なものを、物理世界の概念たる座標ないしは住所に当てはめ、直感的に分かりやすくするものと言える。

URLには横の繋がりがなかった。つまり、aaa.comの隣はaab.com、というイメージはなかったわけだが、住所や座標にはこの概念がある。自分の敷地の隣に何があるかが見える、大体の住所が分かれば見回して探すことができる、というのが新しい体験として得られるわけだ。

仮想空間の特性を生かして、色々な町を作ることもできる。例えば「リアルな国・地域のイメージ」「類似の商品を扱う比較サイト的な町」「XX特集として期間限定で出現する町」「ショッピングモールのある店に入ると中がとんでもなく広い」「言語の自由な切替」「アバターの存在を、他のアバターから隠したり匿名化したりする」などだ。

URLを叩く、間違って違った文字を打ってしまう、という心配がなく、自宅から出てこの道を行き、この道路に沿って進めばそこに行き着く、というのは、ネット空間への敷居を下げる。また、町への出店を審査できるようにすれば、危ない場所はここ、と特定できるし、町内会や巡回パトロールのようなことも地域単位でできるだろう。

単純なWebと違ってデータ量も多いし、ローカルでのコンピューティングパワーも必要になるため、そう簡単には実現できないけれども、何れはこういう時代になるのではないかと思う。

この際、例えばGoogleとBingで違う空間を作ってしまうと混乱してしまうから、それだけは避けなければならない。URLの場合は階層的な文字のルールだけだったが、これを3D空間で規定するとなると、とんでもなく多くのルールが必要になる。できれば野放図に作られる前にきっちり標準化してほしいのだが、どうなるだろうか。

2017年7月26日水曜日

ケース・バイ・ケース


この言葉は思考停止を生むので、極力使ってはいけない。似たような言葉に「人によって(全く)違う」「時と場合による」「柔軟な対応」「臨機応変」などがある。

なぜそう思うのか。例えば、米国の「おむつを買った人はビールを買う傾向がある」という有名なマーケティングの事例がある。それまでそのような分析を行った例は当然なかった(あるいはマイナーだった)と思われるが、従来気付かなかった傾向分析ができて、それに一定の論理的根拠が見出せたわけだが、これを見出さなかった理由は単純に「知らなかった」「分析をしていなかった」というだけだ。

頭をいきなり殴られて平気な人はいるまい。怒るか、戸惑うか、防御しようとするか、きょとんとするか、くらいには分類できるはずだ。その比率まで直ぐには分からずとも、「人によって(全く)違う」などということはあり得ない。つまり、この手の言葉を発する人というのは、それ以上の分析をすることを「(暗に)拒否している」あるいは「想像できない」のだ。ここが思考停止という所以である。

もちろんそこにはとんでもない反応をする人もいるだろう。本当に無反応だったり、嬉しがったり。でもそれは統計的に処理すべき問題であって、十分に少ないなら無視すればよいし、ある程度いるなら「場合の数」が増えるだけのことだ。しっかり場合分けをして、その場合分けが充分実用的範囲に収まるか検証し、不足なら追加して調べ、各々の場合にどう対処するかを事前に考えておく。これが正しいやり方だ。

システムを設計するとき、エラーリカバリを考えるとき、ルールを作るとき、防犯や防災の対策をするとき。その想像力の欠如が悲惨な結果を迎えることになるし、不都合を拡大することもある。しっかり場合分けして考えることは重要だ。

この話にはもう一つ裏がある。不都合を隠すためにこう言う、というケースもあるのだ。不幸なことに、こう言われることで黙ってしまう人も多い。それは質問する側の思考停止だ。だからこそ、こういう言い方をされたときには質問をする側も諦めてはいけない。

2017年7月25日火曜日

飲まず食わず


80年近く飲まず食わず インド苦行者 医師らを仰天させる

もちろん胡散臭い類の話であり、完全に信じているわけではないが、もしこれが事実だとしたらどういった原理になっているのだろう。それを考えるのは面白い。

指摘の多くは、エネルギー保存の法則に反することと水の問題だと思う。曰く、
  1. 動くこと、体温を維持することにエネルギーが消費されるので、どこからか同等のエネルギーが供給されなければおかしい。
  2. 体表から水分が蒸発するので、その分の水の補給がなされなければおかしい。
食べ物はおろか水も摂らず、また排泄もしないというのはなかなかにして究極だ。興味深い。

まず、水から考えてみる。排泄がないとすると、体から出て行く水分は、体表からの蒸散及び呼気に含まれる水蒸気だ。

http://mizuiku.suntory.jp/kids/study/n005.html

によると、皮膚からの蒸発で600ml、呼吸で400mlが出ていく、となっている(汗は含まない)。 ここで単純に考えると、どこかで1000mlの補充が必要になるはずだ。次にエネルギーだが、成人男性で2000kcalとして、このエネルギーの補充が必要になる。

この問題を考えるに、方向性は二つある。一つは、それらの必要量を、この人の外部的観察事象から合理的である範囲で減らすこと。もう一つは、それでもゼロにはならないだろうから、通常とは異なる方法で補給しているはずだ。それが何かを推測することである。
まず、この人は食事はしないので、消化器は機能していないと考えられる。かつてはもちろん使っていただろうが、退化しているだろう。すると、この分のエネルギーは不要であるはずだ。一方で、呼吸、筋肉、体液循環はサボれない。

また、呼気や皮膚からの水の蒸散は、体温を低下させる効果がある。汗も含め、体内で熱を作り、体表や呼気で冷やすことで体温を保っているわけだ。だが、もし体内の熱生産が極めて合理的なら、その熱生産は僅かであり、即ち気温と体温との差に毛が生えた程度のものであるかもしれない。場所がインドであれば相応に暑いだろうから、その差は小さいはずだ。となれば体表や呼気からの発散も少なくてよいことになる。

この二つから、成人男性で必要なカロリー2000kcalを、半分程度に見積もることはできるだろう。

多く出ている仮説の中に、体表から空気中の水分を取り込めるのではないか、というものがある。だが、空気中から1000mlないしはそれに近い量を取り込むのは不可能だ。一日中大風の中にいる必要がある。また記事にないものに、水浴びや風呂についてどうしているか、がある。つまり、風呂に入る時に体表から水分を吸収する、あるいは尻の穴から水を吸い込むということも考えられる。一日の必要量が(皮膚からの蒸散が少ないと仮定して)数100mlで済むのなら、このどちらかないしは両方を使って水を補充することは十分に可能だ。

問題はやはりエネルギーである。考え方は三通りあり、まず食べ物以外のエネルギーを吸収しているのではないか、というもの。次は、通常の食べ物ではないものを実は食べているのではないか、というもの。三つ目は、体内で作り出しているのではないか、というものだ。

第一の候補は太陽、風、空気熱、電磁波、などだが、このうち1000kCal程度のエネルギーを持ちうるのは太陽だけだ。しかし実験では病院に入院していたというから、それほど直射日光を浴びているわけではないだろう。

第二の候補は土、昆虫(飛翔しているものなど)、空気中のゴミ(カビ粒子やフケの類)、などが考えられるが、これも入院の事実と合わないし、もしあったとしても相当の量が必要なので考えにくい。となると、第三の考えしかない。また、体内の元素レベルの収支で考えてみても、これは辻褄が合う。これを少し説明しておく。

例えば呼吸は、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すわけだが、これはつまり炭素が体内から出て行くことを意味する。炭素が体内から出て行っては収支が合わない。この収支を合わせるには、動脈と静脈の成分変化を考える必要がある。

ここには、大きくは三つの器官が絡んでいる。肺、腎臓、腸だ。食べ物の栄養を腸が吸収して血液に取り込み、これが細胞で消費(化学変化)されて老廃物が腎臓で漉されて小便になる一方、炭素は肺を通じて呼吸として排泄される。この人は排尿排便をしないので、老廃物は全て何らかの還元を受けていることになる。

体内の代謝はあまりに複雑で、個別に追いかけるのは不可能に近い。だが、元素レベルでの収支を考えるなら、老廃物として小便の尿素やアンモニアと呼吸の二酸化炭素を分解できれば、かなりの説明が可能になる。

体に必要な栄養素は多数あれど、その殆どは酸素、水素、炭素、窒素の組み合わせだ。つまり、ある組み合わせで入ってきたものを別の組み合わせにして出しているだけで、元素の総量で見れば変わらない。だから、体から出て行く組み合わせを体に入っていく組み合わせに変化させられれば、何も出て行くものはなく、体を維持できる。そしてこれを担ってきたのは、植物や微生物などを含め、他の生物の役割だったわけだ。つまり、そのための「回路」は自然界に既に存在している。

だから、その回路が体内にあれば、少なくとも元素レベルでの収支は合うわけだ。だがその「回路」を動かすにはエネルギーが必要で、その代表は太陽光だ。回路は当然光合成回路である。

先ほど、太陽光は望み薄だと言った。だが、回路が光合成回路でなければ別のエネルギー形態でも問題ないはずだ。そこで他の可能性を考えてみると、「質量変換」という奥の手を思いついた。

E=mc2 、という式を見たことがあるだろう。物質からエネルギーを直接取り出すことができるなら、ごく少量の物質でも充分だ。質量 1 kg をエネルギーに変換するとおおよそ9×1016 Jと等価、1J=0.239calということだから、100ngで2000kcalになる。この程度体重が減っても誰も気付くまい。
ということで、結論。この人は、
  1. シャワーや風呂などの際に、皮膚ないしは尻の穴から、1日1リットル程度の水を吸収している。
  2. 体内に質量変換回路を持ち、細胞老廃物を全てそのエネルギーで再生している。
  3. 実は呼吸はしているが二酸化炭素は吐き出していない。
ということになる。前者はともかく、後者は画期的だ。もし解明できたら、世界中のエネルギー危機と食糧問題、貧富の差についても一気に解決できる。
無論、冗談である。

注目の投稿:

USB-C充電式単3電池の危険性について

 気になったので少し調べてみたら、あまり好ましい結果ではなかったことをご報告する。結論として、USB-C充電式単3電池を使うのは、現時点では推奨できない。自分としても使う積もりはない。 今回も生成AIを分析に使用した。使用したのはCopilotである。なお、Copilotの出力...

人気の投稿: