自動翻訳があるのだから英語の勉強はいらない、というのは、英語の勉強が苦手な学生がよく思いつく疑問だ。これと同じように、AIが発達すれば何でもAIに聞けば良いのだから勉強全般が不要になる、という人もいる。もちろんどちらも(少なくとも当面の間は)間違いである。
その理由は二つある。第一は、AIの誤りや悪意、AI制作者の恣意などを見抜くことができなくなるからだ。そして第二は、AIの出力自体を理解する能力が失われてしまうからだ。
第一は割と分かりやすいと思うが、識者でも第二を見落としがちなので注意が必要だ。そしてどちらが本質かというと、第二である。
例えば数学において、足し算引き算は自分でできるが、掛け算割り算は難しい、という人がいたとしよう。その人は「掛け算割り算はAIに尋ねれば良い」とうそぶいて、自分で勉強しようとしない。さてこの人が、微分積分をせよと言われたらどうだろう。
知識は階層化している。ある知識を前提に、次の知識が成り立っている。その知識を前提に、更に次の知識が成り立っている。この図式は単純な層ではなく、実際には網目のように複雑に絡み合っている。そういう知識の網の中で、自分が理解しているのはごく一部だ自分の知識の範囲から少し離れたところなら、AIにたずねても理解できるだろう。だがそこから遠く離れた知識は、概念のレベルで理解できない。そうであれば、その知識周りの会話や議論には、いくらAIがあっても理解できないし、その知識に関する質問や疑問は最初から湧いてこない。
つまり、聞く側にも技量が必要だということだ。AIが答を持っていてもそれを引き出せないなら、その人にとってその知識はないのと同じである。だから、高度な質問をできる人間の方が有用である、というのは自明だろう。
英語のケースは当てはまらないのではないか、と思う人もいるかも知れない。だが、例えば「What is the longest word?」「smiles」というのを直訳してしまうと、そのジョークの意味は失われてしまう。この場合、最初のsと最後のsが1マイルもある(s+mile+s)というのがその意味なのだが、このような(他国語の)単語遊びの他、他国の文化的背景や歴史的背景、地理的背景を知らないと意味がわからない、というようなことは、翻訳では普通に起きる。そこまで含めてAIに訳させるというのもまあアリとは言えるのだが、そんなことを日常的にしていたら、前段の解説ばかり長くなって、鬱陶しいだけだ。
さて、上で(少なくとも当面の間は)と言ったが、遠い将来はもっといびつなことになるかもしれない。つまり、AIを使いこなすのに必要な知識レベルにたどり着けない人間は、ある程度の線引きで無視される存在になってしまうだろう、ということだ。人間の生産性はAIを使いこなせるほど高くなるが、その能力差があまりにも極端になってしまうからだ。たとえば、AIを使いこなせる人間は、使いこなせない人間一万人が束になってもかなわない、となってしまう。であれば、使いこなせない一万人をクビにして、使いこなせる人間を千人分の給料で雇っても、会社は利益が出せる。
クビになった一万人は、どの会社に行っても就職できない。AIを使いこなせる一人だけで十分だからだ。働けるのに仕事がない、というのとはちょっと違う、新しい意味での就職難がやってくることになる。
更に言えば、AIが高度になるにつれてその必要知識は増えていき、そこにたどり着けない人間の比率はどんどん上がっていくであろうと考えられる。そうなると、ごく一握りのエリート以外は皆スラム、というディストピアになってしまう。
エリートは単に贅沢な暮らしをしているだけではなく、スラムの人からは想像すらできない超高度な仕事を日々こなしていて、その成果のおこぼれでスラムを生き永らえさせていることになる。古典のSFではスラム街から反乱分子が出てきてエリートを乗っ取るのだが、現実にはそうはいかないだろう。スラムの人とエリートの知識差は圧倒的で、いくら真剣に反乱を計画してもエリートにすぐに対策されてしまうだろう。しかも、もし反乱が成功してしまうと、スラムを支えていたエリートが倒されてしまうのだから、たちまちスラムも廃れてしまう。彼らにはその理由すら想像できないまま滅んでしまう。
スラムを生き永らえさせることに意味はないのでエリートはスラムを潰してしまうのだろうかというと、それはできない。なぜなら、エリートから生まれて幾ら勉強させても、エリートに達するのは極めて困難だからだ。エリートかスラムかに関わらず、子供には英才教育を受けさせ、どんどん淘汰していくしかない。それでエリートの数を確保するには、スラムで母数を稼ぐ必要がある。
つまり、大部分の人間は生かして頂くことをありがたく受け止めて貧困を我慢し、一部のエリートは彼らを生かすためにその叡智の大部分を使わざるを得ない、という世界に甘んじるしかないのだ。
あと5年10年という短時間で、AIの賢さは、あらゆる意味で並の人間を超えるだろう。それにショックを受けてあるいは自暴自棄となって、日々の勉強を怠ってしまう人は出るかもしれない。だがそれはスラム行きの第一歩なのだ、ということは心しておいて欲しい。