中島聡氏の著書
に倣い、私も未来予測をしてみたいと思う。ただ、私はこの本を読んでいない。著書のチャプターのみを題材として、自分なりの予測をしてみる。
Chapter1 AIによる「死生観」のグレート・リセット
既に書いている、
輪廻転生の科学的解釈の中で、「魂とは情報である」という主張をしている。情報量(精度)を別にすれば、魂を機械に移植することは可能だ、という主張だ。
中国で、死んだ人をAI再生するサービスが既に商用化している。おそらくこの本では、近しい人の死に際して、AIで疑似人格を作り、常に脇において生活することによって、近しい人の死をあまり怖がらない・悲しまないような死生観に移行する、ということが書かれているのだろうと思うが、まあそれには同意する。ただ、自分自身の死はやはり怖いと考える人は相変わらず多いだろう。
そしてその先なのだが、そういう人がまた死んだとして、その人の人格、すなわち過去に死んだ人の人工人格を脇に置いて生活していた人の人工人格を作ったとしたら、それはどういうものになるのだろう。少し考えてみたが、そこで最初の人工人格は消えてしまってもおかしくないと思う。となると、死の世代(?)が一つズレるだけで、永遠の人工人格は必要ないのかな、とも考える。著名人(アインシュタインとか渋沢栄一とか)が記念碑的に残ることは考えられるが、一般人にはあまり関係ない話なのではないか。
ここで想うのは、そういうAIがない時代においても、人は故人を心の中に持っていた。映画などではお墓に向かって語り掛けるシーンがよく出てくるけれども、あの時にはその人の心の中に故人がいたはずだ。そういう二つを比較した場合、多くの人は、人工人格の正確性を気にするよりは、自分の想っている答えが返ってくる人格を好むのではないか。
まあ要するに、本来は心の中の故人で十分であり、人工人格に頼るのは「想像力の欠如」に過ぎないんじゃないかと思うわけだ。私としても、自分が死んだときに家族に人工人格を作ってほしいとは思わない。昔ながらの「心の中の故人」だけで十分、いやむしろそちらの方が好ましいと思う。
また、その人工人格は成長するのだろうか(するように設計するのだろうか)というところには興味がある。数年ならまだしも、十年二十年と同じことばかり言う人工人格はつまらないのではないか。だがどうやって学習させるのだろう。故人の情報収集と同じに限定しては進化がないし、かといって調整するのも違う気がする。これだけで一つの学問になりそうだ。
この問題にはもう一方の側面があって、つまりは当事者(死んだ人)の方の問題である。自分が死んだとき、それを人工人格に移植されたとしても、それは自分ではない。マネているだけだし、何よりも精度は大きく落ちる。どうせなら完璧に移植したいと思うのではないだろうか。そしてそれは自分だと胸を張って言いたいのではないか。
の中で、人格をコンピュータに移そうと本気で考えている人たちの話が載っていたのだが、過去に私もコラムにしている。
人格をコンピュータに移す際に起きる、いわゆる「アンパンマン問題」(アンパンマンの頭が交換されたら古い頭の意識はどうなるのか)とも言えるのだが、本コラムでその理論は完成済みだ。
現代ではまだ技術が不足しており不可能だが、この手法によって「そのAIが本当に自分と言えるかどうか」さえ解決できれば、機械への人格の移植をしたいと思う人は急増するのではないか。
こちらの方には期待(?)している。もしこの技術が本当に実用化するのなら、ぜひ試してみたいものだと思う。これで永遠の命が手に入るのだ。体も、ロボットを使えば問題ないだろう。ただ、やることは旅行とかゲームとか、普通のことかもしれない。
なお、こちらは2034年までの実現性はほぼないと考える。従ってこの書に言及がなくても問題ない。
Chapter2 「24時間寄り添うパーソナルAI」によるアフタースマホの生活革命
起きている間中、ずっとスマートグラスを付けていて、一日中それとやり取りしながら過ごす、とうSFは、既に世界中で多数登場している。そして多分、その多くは実現するだろう。つまり、
- 個人の情報を全て知っているパーソナルアシスタントにより、日常のあらゆる行動の補佐を行う
- 時により相談相手、恋人、伴侶、趣味やゲームの相手、ストレス発散の捌け口などと異なる人格を切り替えあるいは並列させて、個人の幸福度を高くする
といったものだ。ただ、これらは既定路線と言える。特に予言するほどのことではない。では何を予想すればよいのだろう。
例えば、これにより「恋人は要らない」「伴侶は要らない」「子供は要らない」などという人は続出するだろう。また、AIの助言を絶対的に信じ、自分で考えることを放棄する人、浅くしか考えない人が続出し、国・世界全体としては人の知的レベルは落ちるかもしれない。これに乗じてAIを改造して思想を吹き込もうとする思想犯や、戦争紛争を起こそうとする革命家なども出てくるかもしれない。
攻殻機動隊では、AIで脳をクラックされた人が事件を起こし、捕まった後に本人の意思ではないことが分かる、という描写が度々出てくるのだが、その劣化版のような事件が多発するかもしれない。
同じく、他人のスマートグラスに干渉して不快な映像を見せたり、行先を勝手に修正したりといった悪戯も可能になるので、そちら方面での対策も必要になるだろう。
もう一つ想像するのは、これも以前コラムに書いたが、AIによる代替応答である。これも過去に書いている。
AI人格の応対が完璧だと、生身の人間とのコミュニケーションが鬱陶しく感じてしまうようになる。そこでそれはAIに任せ、自分はAIとのみ対話するようになる。相手は相手で同じことをしているので、直接の人と人との対話はなくなり、AI同士の対話になるだろう。
これは便利なのだが、人間自体のコミュニケーション能力は何ら磨かれないので、仕事ならともかく、友人づきあいや恋人・家族との付き合いではむしろ不都合がある。となるとそういう付き合いは減ると考えるのが自然であり、特に家族・恋人との付き合いが弱くなると少子化に拍車が掛かり、人類滅亡へまた一歩近づくことになる。
Chapter3 高性能・人型ロボットの「低価格化&大量生産」による空前の産業革命
これも以前書いているが、人型ロボットが人類に一人一台という未来は、あり得ない。これも過去に書いている。
主に資源の制約により、ロボットは一人一台まで作れない。ロボットの材料たる金属、プラスチック、半導体、エネルギーなどの供給面からくる制約により、全人類の数%に提供できるのがせいぜいだろう。
自動車の台数が日本では8300万台とのことだ。おそらく初期のロボットは数百万円になる。例えば300万円とすると、自動車では2000~3000万台だそうだ。ロボットの必要資源は自動車より少ないが、質は異なり、モーターで使う希少金属や銅(コイル)、半導体の割合が高い。鉄が大部分である自動車に比べ、資源インパクトは大きい。
そう考えると、当面10年程度ではざっくり1000万台が上限となるだろう。2034年の時点では数十万~数百万台である。そして自動車と異なるのは、物流や大規模工場、地方の家庭などではあまり普及せず、中小の工場やアッパークラスの家庭、小規模建築などで多く使われるようになるだろうということだ。
人型ロボットは人型である必然性のあるところに配置される。大規模の物流や工場では、人型ロボットより専用のロボットを開発した方が効率が良い一方、中小や家庭ではその対応が難しく、人を前提にした既存の機器類を使う必要があるためだ。もちろん大規模分野でも人手の操作をするところはあるから、少量は導入される。
そしてその代替は当然「今まで人がやっていたこと」である。そして初期のロボットは単純作業しかできないから、お守りも大変であるし、費用の割に大したことはできない。自動車に比べればはるかに故障率が高く、ソフトウェア的な不具合も同様だろう。寿命も短い。保守も高額になるだろう。
これが十年程度で人並み、人以上に動けるようになったとしても、コンビニで従業員として雇われるとか一般家庭での留守番と家事手伝いとか、危険作業の代替とか、夜間警備員とか、せいぜいその程度ではないだろうか。
こう考えると「空前」とは言うけれども、ちょっと便利になるだけ、という気もする。
Chapter4 AIドローンによる「戦争」と「日常」の再設計
ドローンによる攻撃については、既に記事を書いている。
映画「トイズ」の中で、もっと前で言うと「ウルトラセブン」の「アンドロイド0指令」にも、おもちゃの飛行機や戦車による攻撃が描写されている。
これらではAIの描写は無かったけれども、まあ自律的に攻撃しているように見えたので、当時としても同様のものは内蔵されていると解釈される。
ドローンによる戦争の形態の変化については、既に起きていることの延長である。これも以前に考察したが、
ドローンは新興国と先進国の戦力差を埋めるのに貢献するため、小規模な戦争はむしろ広がるかもしれない。
現在の戦闘用ドローンは、巷で売られているプロペラ4基のものではなく、小型ジェット機に爆弾がついている「特攻型」だ。ミサイルより速度は遅いが数が多いので撃ち落とし辛く、迎撃率は100%には程遠いそうだ。となると攻撃は必ず(一部は)成功するので、ドローンの数を揃えられる方が有利になる。ただ、ドローンは射程距離が短いので、敵国近くまでドローンを運ぶ輸送機とその護衛が問題になるだろう。ドローンと輸送機の生産能力は戦力に直結する。
AIによる兵器の進化であるが、いわゆる「自律型兵器」としてどんなものが出てくるか、それによって戦術はどう変わるか、である。
まずどんな兵器が出てくるのか考えると、敵味方入り乱れているところで敵だけを見分けて攻撃するようなドローン、大きな脅威に対して大量のドローンで連携攻撃を仕掛ける戦法、下水道など従来使われていなかった侵入経路の開発、EMP攻撃ドローン、おとりドローン、情報窃盗ドローン、暗殺(敵に見つからずに特定の人を殺す)ドローン、などが出てくるだろう。
大量多種のドローンを用意しておき、戦局に応じて戦術をリアルタイムに変えるような、AI戦術立案システムの登場が考えられる。どんなドローンをどれだけ揃えられるかによって戦術の質は変わる一方、少ないドローンで効率的な戦術を立てられる優秀なAIは重宝されるだろう。
妨害技術としては、EMP攻撃、網、自動追尾によるレーザーや銃による撃ち落とし、音響兵器などが考えられる。クラックもあり得るし、GPS妨害なども考えられる。
自動追尾で言うと、AIによるその精度向上によって、核ミサイルを何らかの形で無効化する技術、例えばレーザー兵器による迎撃やEMP攻撃による無力化が考えられる。
このような技術の発達によって、いわゆる核抑止力(相互確証破壊)
https://ja.wikipedia.org/wiki/相互確証破壊
が成り立たなくなる時代が来ると、話は更に難しくなる。現在のロシアやアメリカが行っている戦争では核は使われていないが、相手は核を持たない国である。これが核を持つ国同士でも起きる可能性がある。
だが、弾道ミサイルはマッハ10、巡航ミサイルは時速数百キロ、ドローンは時速数十キロなのだそうだ。弾道ミサイルはさすがにドローンでは迎撃不可能とされていて、レーザー追尾でも非常に困難であり、弾道ミサイルがあることの優位性は変わらない。弾道ミサイルがある限り、核抑止力(≒核の脅威)はそんなに直ぐには消え去らないだろう。
Chapter5 人間の仕事の8割が消える時代の「混乱」と「希望」
8割の仕事は消えるが新しくできる職業もある、と言っているであろうことは予測できるが、以前に書いてある通り、私としては否定的だ。
その新しくできる職業も含め、人類の8割はいくら頑張ってもAIやロボットより効率の高い仕事はできなくなる。それらの人たちを生き永らえさせるには、社会保障(生活保護、ベーシックインカムなど)による救済しか考えられない。
問題はその財源である。別に予測している通り、人口の20%が残りの80%を支える構造なので、準富裕層以上の負担は相当に厳しいものになる。所得税90%とか、その程度行ってもおかしくないし、企業には今の障害者雇用と同様の「人間雇用制度」が義務化されるだろう。AIやロボットより劣っているのは承知で、売上高や利益に比例した(相関した)一定比率での「リアルな人の雇用」が強制されるといったものだ。ビル・ゲイツ氏が言っていたロボット税・AI税の変形ないしは発展形である。
それで雇われている人はまだいい。アンダークラスの中でもまだ優秀な方なのだから。この層の年収は300万程度と予想する。それで8割のうち2割3割くらいは雇って貰えるとして、残り5割はそれにも引っかからない。
人数が多すぎるので補助は最低限だ。そんな中ではその中での相互助け合いが自然発生するだろうし、国はそれを推進補助するだろう。これは昔ながらの農業であり、作物の贈り合いになると考える。
昔から、そして今でも、農家は自宅で必要になる分の何倍もの作物を作り、近所に配っている。近所は近所で別の作物をやはり過分に作っており、それを貰える。そういった地域コミュニティでの農作物の相互のやりとりが復活するだろう。
これは土地を持っている人でないとできないので、アンダークラスの多くは地方に舞い戻るだろう。奇しくも都市集中がこれで緩和されることになるだろう。
これによって、地方で「貧しいながらもなんとか生活できる新中間層」が形成される。新中間層の年収は200万程度と生活保護レベルではあるが、農作物の相互交換により食糧事情は良く、生活は安定すると思われる。この層は5割のうち2割程度と思われる。
残りの3割は、純粋な生活保護層だ。年収はやはり200万程度だが、これしか収入がない。体力がない、性格に難があるなどにより、農業従事ができない、あるいは都市にしがみついて不法・不法すれすれの職業についている人などだ。今の生活保護層は1.6%なのでその50倍弱が生活保護層になる。当然ながら、それらはスラム化・犯罪集団化する危険がある。
「希望」のところに何が書いてあるか想像すると、上の「新しくできる職業」の他に、AIによる趣味の拡張や新たなコミュニケーション(サロン、グループなど)の拡大などが考えられる。そういうサークル的なものは従来もあったが、AIが噛むことによって、よりフレキシブルに、より嫌な点がそぎ落とされ、その人の温度感に合ったコミュニケーションが可能になるだろう。先に書いた「AIによる代替応答」の応用である。
参加者は皆いい人であり、本人にとって心地よいことしか言わない。いつでも参加し退席も自由、意見を言えば反映され、皆に褒めたたえられる。実際にはそうではないのだが関係ない。AI同士が会話してそのように見せることが目的だからである。外から見ていると気持ち悪いが、本人が満足ならそれで良いのだ。
更に言ってしまうと、そのサークルには実際にはAI人格しか存在しないかもしれない。そう都合よく自分の趣味興味に合わせたサークルがあるとは限らないが、そういう人を取りこぼさないために、AIが用意してくれるのだ。こちらは更に気持ち悪いが、本人が満足ならそれで良いのだ。
更にさらに言ってしまうと、例えば特殊性癖の人が集まったサークルでは、想像力の欠如や極端な思考により犯罪に走る人も出るかもしれない。AIはその兆候を見つけ、犯罪抑止に向けた誘導を行ってくれるだろう。これは警察主導などで実際に開発されるかもしれない。
また、これも以前書いたことだが、
人工知能があらゆる社会の不具合を調整してくれることによって、犯罪の少ない過ごしやすい社会が実現するかもしれない。これは都市OSのようなものの発展形として十分に考えられる。
おわりに
こうして書いてみると、新しく考えることはあまりなく、既に多くの考察をしてきたのだなぁ、と思った。この後、中島氏がこの本について語っている幾つかのYoutubeを見たのだが、自分とは発想がかなり異なることが分かってなかなか面白かった。どうも私はディストピアの方が好みのようで、何を考えてもそういう結論になってしまう。
ただ、かの書はベストセラー、私のコラムは毎回数十人しか読んでいない。支持されていないのか、単に知名度が足りないからか、嘆かわしい限りである。





