2025年12月3日水曜日

量子対応暗号の普及時期と世界危機


 聞くところによれば、実用的な量子コンピュータの登場は2030年代半ばから後半(2035年〜2040年頃)が有力な予測とされているのだそうだ。これは、数百万qbit規模の量子コンピュータが開発される時期、という意味だ。

一方、従来の公開鍵暗号(RSAや楕円曲線暗号など)は量子攻撃に脆弱になるため、量子耐性を持つ暗号技術(ポスト量子暗号)の導入が必要である。こちらの普及時期の予測としては、2028年頃から始まり、政府機関や重要インフラについては2035年までに完了することが目標とされているようだ。

量子コンピュータより先に量子対応暗号が普及するのであれば安心、と思ってはいけない。というのは、OSの脆弱性などとは違い、暗号が破られるというのはとんでもないリスクになるからだ。

つまり、脆弱性の場合は脆弱性を突く必要があるのだが、暗号の場合は脆弱性を探す必要はなく、いきなり通信を解析してしまえば良いからだ。それでパスワードを盗まれてしまえば、正規のログインができてしまうので、そこからゆっくり乗っ取ればよいのだ。「脆弱性のある機器を探す」ではなく「古い暗号を使っている通信を探す」だけで良いのなら、その難易度は何百分の一、何万分の一に下がるであろうことは言うまでもない。そしてそもそも、量子暗号対応するにはOSのアップデートが必要だが、脆弱性すら対応できていない機器が多数あるのが現状なのだから、OS自体のアップデートができていない機器は更に多いことは容易に想像できる。つまり母数も多いのだ。

それが例えばプリンタやBluetoothイヤホンだとしても安心はできない。Bluetoothにはキーボードやストレージが繋げられるから、古い暗号を許していると、接続プロトコルを解析されてしまう。その結果、既存のペアリング済の機器のフリをして、別の機器が繋げられてしまうのだ。WiFiでも同様である。

これは企業間取引などでも同じであり、つまりは例えば銀行網なら世界中の銀行が全て対応していないと意味がないし、そこから先につながるスマホやPCなども全て対応していなければならない。どこか一箇所でも古い機器があれば、そこに入られて不正な送金を正規のルートで要求できてしまう。

大企業であっても、10年前の機器を1台も持っていないところなどないだろう。また、海底ケーブルのように交換が困難なものもあるし、個人持ちのWiFiルータや末端のPCなどを含めて全てを刷新するというのは、企業の規模が大きければ大きいほど困難になる。様々な使い方をしているPCには各々それなりの事情があり、容易にリプレースすることはできない。

だから、量子対応暗号の普及については、単に導入が始まる時期ではなく、端末、通信、ホストなど全ての機器が対応を完了し、量子攻撃に耐えうる状態になることが必要である。OSレベルでの対応が必要、場合によっては機器入れ替えも必要だ。そして現実にはそれは非常に困難だ。

従来の脆弱性パッチのような対策は不適切であり、完全総入れ替え+古い機器の完全なデータ抹消ないしは破壊廃棄といった徹底した対策が必要で、これに掛かる費用はとんでもないものになる。それが2028年から2035年の間の7年で完遂できるとはとても思えない。タダでさえ日本の企業はセキュリティ認識が甘いと言われている。ましてや4割が赤字と言われている中小企業の全てがそのためのセキュリティにカネを掛けるとは思えない。

さて、Lloyd's of Londonがケンブリッジ大学リスク研究センターと共同で作成した、サイバー攻撃の経済的影響を定量的に評価した研究がある。この研究におけるこのシナリオの発生確率は約3.3%(30年に1回程度)、被害規模は400兆円とされているのだそうだ。そこから類推するに、恐らくこの被害は千兆円規模になるのではないかと考える。世界のGDPを全部足すと1京4千兆円になるのだが、もう何%ではなく何割というレベルであり、当に世界が傾くようなとんでもない規模だ。

更には、Lloyd'sの研究の発生確率は3.3%だったが、このシナリオではこれよりも遥かに高く、数十%の高いリスクとして扱うべき段階に近づいていると推測されるのだそうだ。

さて、そうなるとどう自衛しようかという話になるのだけれど、このぐらいの規模になると、自衛ができたとしてもそれは無意味で、世界経済が壊れてしまうので、資産を守れても使う場がなくなる、食べ物がない、となって、その先は餓死か暴動に巻き込まれて死ぬか、という悲惨なものになりかねない。

それでも何とか対応しようとするなら、個人で使うIT機器は全部刷新するか、できないならその古い機器はクローズドネットの中に閉じ込めてしまうのが良いだろう。この場合、WiFiやBluetoothは使わず有線にすべきである。もちろんあまり現実的な回答ではない。

というわけで、よい解決策を思いつかないままくらい終わり方になってしまうのだが、国や技術者へのお願いとしては、量子対応暗号の普及に全力で邁進していただきたい。

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