2025年11月5日水曜日

スパイ防止法について

 
高市新総理がかつて主張していた「スパイ防止法」。巷でもスパイ防止法の制定を望む声は強いのだが、調べてみるとそんなに単純な話ではない。特に、世間のイメージと実態はかなり異なっていることが分かったので、ここでメモしておく。

まず、「スパイ防止法がないのは日本だけ」とよく言われているのは、ウソ(不正確)である。そもそも他国においても、「スパイ防止法」という名の法律を冠している国は少ない。

まずはアメリカの「Espionage Act」、「Economic Espionage Act」だが、各々諜報活動取締法、経済(産業)諜報活動取締法と訳せる。これはスパイ防止法と言って差し支えないだろう。中国の「中华人民共和国反间谍法」も反諜報と書いてあるのでスパイ防止法と言ってよい。

だがイギリスの「National Security Act」は国家安全保障法とでも訳すべきであろうし、ロシアの場合はロシア連邦刑法典(Уголовный кодекс Российской Федерации、略称: УК РФ)の国家反逆罪およびスパイ活動に関する条項を指し、つまりは刑法の一部である。他にも色々調べてみると、スパイに特化した法律を持っている国は少ない。調べた限りでは、アメリカと中国だけだった。他の国では、刑法の一部として規定していたり、機密保持法の中に書かれている。その文脈で言うなら、日本にも特定機密保護法や重要経済安保情報保護法、不正競争防止法、刑法などに条文はある。個々の項目の過不足に対する議論はすべきだろうが、実際のところ「スパイ防止法がない国は多数ある」し、ロシアやイギリスのように明示的なスパイ防止法がなくても実質他の法律でカバーしているというのなら、「日本にもスパイ防止法はある」と言えるのだ。

ではそのカバー範囲が日本は極端に狭いのかというと、そうとも言えない。スパイとは当然、秘密にしておきたいモノや情報を盗むことだが、これは単純に窃盗・情報窃盗であり、こんなものは当たり前に犯罪として規定されている。また、外国が関与する場合は更に罰則が厳しくなっている。

ただ、他国と比べた場合、準備罪・予備罪・未遂罪に対する規定が弱いようだ。「日本はスパイ天国だ」とよく言われるが、このことを根拠として言及されることが多い。だがこれも、実際に日本がスパイ行為が多いことを意味しているわけではない。やはり調べてみたのだが、スパイ行為の件数が他国に対して多いとか少ないとかいう統計はない。

また、仮に多いとして、それが法整備のせいだとも限らない。例えば、国民のセキュリティ意識の低さが原因ではないかとも考えられる。そちらについて調べてみたところ、確かに日本はセキュリティ意識が低いことが調査で明らかになっている。例えば組織としてのセキュリティ体制の整備が弱い、セキュリティ対策への投資額が少ない、ISMSなどの認証取得率が低い、といったことが分かっている。俗に日本のスパイ機関と言われている内閣調査室の権限の弱さ、予算の少なさでも、それを垣間見ることができる。つまり、法律が整備されていないことが問題なのではなく、国民の意識が低いことが問題なのかもしれないのだ。ここを履き違えて法律を整備しても、意味がない可能性がある。

更に、準備罪・予備罪・未遂罪は恣意的な運用に対する懸念がある。実際、アメリカ、ロシア、中国などでは、明らかに恣意的な運用であろうと見られるような事件が多発している。独裁国家だけでなく自由主義国家でも起きていることであるので、決して杞憂とは言えない。過去の高市氏の発言(NHKに対するものなど)を聞いていると、非現実的な話ではない。

ロシア中国はともかく、自由主義国家の未遂罪などには、恣意的な運用を防ぐための仕掛けが備わっている。が、巷ではそういう議論もないし、実際アメリカではそれは機能していない。安倍総理の強引な政治手法を見ていると、日本でもそれは可能だろうと思うし、ましてや安倍氏の後継者たる高市氏である。その懸念は十分にあると考えるのが妥当だ。どこで線引きをして、どんな安全装置をつけるのかは、しっかり議論すべきだ。ただ法律を作れば良いというような単純なものではない。

まあ、統括法として「スパイ防止法」なる法律を作ること自体には、今のところ特段賛成も反対もする気はない。法案が出た時点でその内容を読み、判断することになる。そこでのチェックポイントは上に書いた通り、準備罪・予備罪・未遂罪の適用範囲と、恣意的な運用を防ぐための仕掛けについて、どの程度しっかり考えられているか、である。

さて、ここまでの議論は、例によって生成AIとの議論によって得られたものを、旧来の検索によって確認した結果を整理したものだ。その生成AIだが、やはり最初には「スパイ防止法がないのは日本だけ」「日本はスパイ天国」というのを鵜呑みにした回答をしていた。「なぜそう言えるのか」「原典を出せ」「その根拠はおかしいのでは」「検索結果ではそうなっていない」などとツッコミを入れていくと、答えがどんどん変わっていくのが面白かった。複数の生成AIで回答の傾向が違うのも楽しめた。おもちゃとして遊ぶのは楽しいが、まだ仕事で使うには弱い。

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