2026年5月10日日曜日

AI時代の中央集権モデル

高市氏は相変わらず憲法改正にご執心であるが、その内容は過去の自民党案をベースにしていることに変わりない。即ち、⓵自衛隊の明記、②緊急事態要綱、③地方自治体の弱体化、④国民の権利の弱体化、である。要するに中央集権国家にしようとしているわけだ。

一般的にこれらは、社会主義、共産主義、帝国主義、独裁主義、権威主義、などと考えられる。こういう国家は何れも、国の意思決定が素早くなる一方、政策の誤りがあっても訂正しにくくなる、汚職が発生しやすくなる、国民がバカになり(自ら考えず何でも中央にすがろうとする)長期的には国力が低下する、という問題があり、一般的には悪手とされている。

だが最近のいくつかの分析を基に別の視点で考えてみると、中央集権主義もそれほど悪くないのではないか、一理あるのではないか、と思えるようになってきた。今回はその分析について話すことにする。

根拠は二つあり、第一は

日本と世界の右傾化とその理由2:恐ろしい現実

である。その内容を改めておさらいすると、AIとロボットの発達によって、労働市場が大きく構造を変え、いわゆるアンダークラス層(エッセンシャルワーカーやギグワーカーなどの低所得者・非就労者)の割合が現在の40%から80%にまで広がり、そのアンダークラス層の平均年収は190万円程度と生活保護レベルにまで落ち込む、というものだ。

この層の労働者は、自分の能力をフルに使ってもAIやロボットに勝てない。なのでいくら労働しても自分の生活すら維持できない。そういう層があっても人数が少なければ何とかなるが、人口の8割がそうなってしまうともうどうしようもない、という結論だった。

こういう時代になると、今よりも社会保障(再分配)の重要性は増してくるし、地方の効率化への要求も厳しくせざるを得ない。例えば中央から、地方の非効率を指摘し是正させるような要求を強く言う必要が出てくるはずだ。財政再建団体のように中央が乗り込んで大鉈を振るうようなことが頻発するだろう。

ただ、財政再建団体であってもできることは実は限られていて、例えばコンパクトシティ化の強制はできないし、インフラ整備の義務も消えることはない。人を強制的に移住させたり、民間企業ですら強制移動したり、という極端な施策を行わないと追いつかないのに、憲法法律がそれを許さない。そういう事態は、もう遠い未来の話ではなくなっているのだ。

個人の生存権まではさすがに侵さずとも、居住地の自由や最低限の文化的生活といった部分での強制介入はあり得る、という危機的状態が、今後二十年程度で起きる可能性がある。その時までに憲法や法律を中央集権寄りに修正しておかないと、やらないと自滅だが法的にできない、というジレンマに陥るかもしれない。

第二の根拠は、

新社会民主主義構想

である。ここで語ったのは「コーペティション」すなわち「何でも競争するのではなく、協調もすることで、全体として市場を拡大し利益を促進する」だった。

現代の日本は、憲法上では地方自治体は国と同等の権利を持っていると解釈されている。例えば地方自治体のコンピュータシステムの選定は地方の判断である。これにより地方自治体は各々の判断で別々のシステムを導入している。これでいわゆるベンダーロックインが発生し、地方自治体同士の情報流通は困難であるし、複数のベンダーが同じ目的のシステムを開発しているため、俯瞰で見ると無駄が生じている。これに対し、例えば台湾では、中央がリファレンスとなるシステムを開発して地方に無償公開している。地方はそのシステムを使っても自分で開発しても良いが、ほとんどの自治体はリファレンスを使用しているため効率化が為されている。

また、国には基本的に地方自治体のシステムへのアクセス権はなく、地方からデータを集めようと思ったら地方自治体に要請して(自主的に)提出してもらう必要がある。ここでデータ表記の揺れやタイムラグ、などの余地が生じるが、これも非効率と言える。また、国がデータを集める目的として全体最適が考えられるが、地方によってはこれを警戒して意図的な情報操作をしたり抵抗したりといったことが考えられる。全体最適は得てして地方にとっては不公平な指示がされる可能性があるからだ。

この手の非効率は、日本の地方自治体ではいくらでも残っている。こういうものを統一するだけでも、地方の財政にはかなりのインパクトがある。コーペティションはそのための施策として十分に有望であるが、それを実行しようとすると、地方自治の独立性を盾に強い抵抗が起きるだろう。コーペティションを抵抗なく進めるためには、地方自治体の独立性を弱める必要がある。

これら二つを考えた場合の中央集権モデルは、高市氏の考えるそれとは少しズレがある。高市氏の発想は対外的・短期的・武力的に強い(強く見える)国家を作るものだろうが、こちらの発想はAI時代・アンダークラス八割時代に向けた国民の持続性確保である。自衛隊や非常事態要綱はここでは出てこない。地方自治体と国民の権利制限はするが、その目的はコーペティションとコンパクトシティ化であり、制限するものも事前に明確に定義できる。すなわち、情報システム及びデータ規格の統一と国のアクセス権確保、居住権と土地の所有権の一部制限などだ。

ここで、上に挙げた権威主義国家の弱点がどうなるかを改めて考えてみると、従来の権威主義国家とは違った事情があり、同列には考えられない。

従来の権威主義国家と決定的に異なるのは、AIの存在と8割がアンダークラス層だという事実である。AIが高度に発達した社会では、情報の流通は瞬時にかつ公平に行われる。分析も同様である。古来の独裁では情報は制限されるのが普通だが、この場合はむしろデータや分析は積極的に自由に行われるからである。これにより、政策の誤りや汚職についてはアッパーマス層以上の二割が皆公平に分析できるため、迅速に発覚し、速やかに訂正されると考えられる。

また8割のアンダークラスが自ら考えず何でも中央にすがろうとするようになったとしても、元々AIにかなわない程度の仕事・発想しかできない層であるため国力低下にはつながらない。むしろいらぬことを主張してアッパーマス層の足を引っ張るよりマシである。2割のアッパーマス層が自ら考えることを妨げられなければ、それで十分国力は維持できるだろう。

さて、これらの施策は憲法を変えずとも解釈改憲で通すことは可能だろうが、高市氏の憲法改正案にはこれらの発想が含まれておらず、今のまま改憲案が通ってしまうとむしろこちらの施策に不利になってしまう。その意味で、今の改憲論議は邪魔である。非常事態と違ってこちらは現実の問題だ。戦争にうつつを抜かすのではなく、地に足の着いた改憲論議を行って頂きたいものだ。

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