民主主義が限界に来ている、とは色々言われている。だが、ならどうすべきかについてはどうも議論百出であり、自分としても「これは」と思うものが無かった。そこで色々調べていて、「パンアーキー」という考え方を見つけた。これが自分の考えに比較的近いと思ったので、この考え方について紹介する。
パンアーキーとは、ベルギーの政治思想家 ポール・エミール・ド・ピュイ(Paul Émile de Puydt) が1860年に提唱した概念である。
https://www.panarchy.org/depuydt/1860jp.html
彼は当時の政治対立を見て、「自由主義者は自由主義政府を望み、保守派は保守政府を望み、社会主義者は社会主義政府を望む。ならばなぜ全員が同じ政府を取り合うのか?」と考えた。そして、「領土ごとに政府を分けるのではなく、人ごとに所属政府を選べばよい」と提案した。
つまり、今の民主主義では政府は一つしかない。その一つの政府はむろん投票によって選ばれるのだが、選ばれた後は、自民党に投票しなかった人でも自民党に従うしかない。だが政府が二つ三つとあり好きなところを選べるなら、その政府に投票(登録)し、その政府に従えばよい。つまり、政府Aに投票した人は政府Aの決定に従う。政府Bの決定には従わなくてよい。政府Bに投票した人は政府Bの決定に従い、政府Aの決定には従わなくてよい。
例えば消費税を1%にするという決定は、日々の買い物が楽になる一方、国債発行が増え将来の予算を圧迫する懸念がある。それをよく考えた上で、1%にする自民党政府と、10%のままのチームみらい政府のどちらかに投票する。するとその後に自民党政府の出した国債の償還義務は自民党政府支持者だけの義務になる、という具合である。
まあもちろん、このレベルではまだ考えが荒く、色々と不都合がある。まず政府はいくつ作るべきかという根本問題に加え、地域による分割ではないので国民自身に旗(フラグ)を付けなければならない。買い物一つするにも国民IDカードの提示と認証が必要になる。また財源は分ければ良いが、外交国防裁判所消防警察インフラなどは分け辛い。そういうものまで分割するのかどうか、また分割するとして今存在している警察や消防をどう動かすか。両陣営を行ったり来たりすることで漁夫の利を得ようとする国民をどう規制するか。投票しなかった者の扱いをどうするか。そういうものは一つ一つ詰めていかなければならない。
だがこうすると、国民は自分の決定に責任を持つことになるのだから、当然真剣に考えるだろう。民主主義限界論の理由の一つは正にここ、つまり国民が真剣になって考えないところにあるので、それだけでも民主主義の復権(ないしは延命)に大いに貢献できるはずだ。
一方で、政府は今までと違って票数を気にしなくてよい。票が多ければ予算は増えるが対象国民も増えるので負担も増えるから、票数は絶対的評価指標ではなくなる。国民の平均的支持率や国民満足度、国民の平均年収や平均寿命などが指標となるのだろう。特に野党にとっては、通るはずのない理想論を好き勝手に言えていた時代とは異なり、その理想論を実現できてしまう、つまり結果が見えてしまうという意味で議員にはシビアであり、今まで以上に真剣に考えてくれるはずだ。
地域による一国多制度は世界中に例がある(連邦制がそうだ)が、この思想は住居を変えずに政府を選べる点が重要である。情報化の時代、AIの時代、できるところから(例えば社会保障や介護福祉)多政府化を進めていくというのは十分に「アリ」だと思う。

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