2017年7月7日金曜日

未来投資戦略


未来投資戦略2017を見たのだが、施策ばかり並んでいて将来像がよく分からない。色々な要素が少しづつ便利になっていくのはありがたいことではあるが、技術の進展に何も考えずにただ乗っかっているだけ、と言われても仕方がないような内容だ。

自分だったらどう考えるだろう。一番重要なのは、高齢化社会の到来と人口の減少に対してどう考えるか、また地球温暖化や生物多様性を含めた地球の持続性、近年の国際的な右傾化、閉鎖化を鑑みた貿易と国防の問題をどう考えるか、となるだろう。もちろん未来投資戦略はあくまでテクノロジー視点なので、自衛隊をどうするかなどを考えるわけではないが、色々とできるようになる中でもどれを重視し、どれを軽視するのか、といった観点は必要になる。

ここから得られる結論は、以下の通りとなる。
  1. 重点化
    1. 自然エネルギー発電を推進
    2. 自動車の電動化(物流用含む)
    3. 農業・畜産業の桁違い(何倍というレベル)の推進、それを達成するための株式会社化・AI化
    4. コンパクトシティ化(大都市も含む)
      1. シティ内物流・人流(自動運転コミューターなど)
      2. 共同溝
      3. 教育・行政・医療・職場のローカル化(遠隔XXを含む)
    5. 高齢者雇用(主に農業・畜産業)
    6. 健康寿命の延伸
    7. テレコミュニケーション技術の推進(テレビ電話、ボット)
  2. 非重点化(低減)
    1. 長距離物流・人流
    2. 石油・ガス・石炭・原子力の割合
    3. コンパクトシティ外のインフラ整備・再整備
日本は資源がなく、エネルギーや食料を外国に大きく依存している。だから近年の国際的な右傾化や閉鎖志向の流れに合わせるなら、化石燃料からの脱却と食料自給率の増大が最重要課題であるはずだ。

化石燃料からの脱却に原子力は含まれない。原子力もやはり輸入に頼っているからだ。となれば、未開発の海底シェールガスなどを除けば自然エネルギーしか選択肢がない。そして幸いにもこれは地球温暖化防止にもなる。施策の重点第一はここになる。

第二は食糧自給だが、これは未来投資戦略内にも記述がある。AIによるベテラン農家ノウハウの導入がそれだ。野菜工場もこれに含めてよいだろう。これらへの就職が高齢者への優遇施策として提供されれば、高齢化少子化と労働人口の減少対策にもなる。

「桁違い」と言ったのは、日本では殆ど生産されていない飼料用のとうもろこしと小麦を、需要の何10%というレベルになるまで国産にすることである。場合によっては関税と助成金で均衡させてもよい。価格では海外に勝てないところ、ハイテクである程度対抗できる価格に持っていく。

一方で、未来投資会議にあった物流革命的な話は、むしろ抑えるべきだ。というのは、移動には化石燃料が不可欠だからだ。エネルギー自給の観点、また地球温暖化防止の観点からも良くない。もちろん将来的に全部電気自動車になり、自然エネルギーだけで賄えるなら異論はないが、当面は輸送の効率化よりも地産地消を目指す方向性になる。

インフラ整備などもむしろ方向性は反対で、コンパクトシティ化の方を推進すべき、となる。イニシャルコストは少々掛けてでも、共同溝を作って二度と道路を掘り起こさなくても済むようにして、電柱も全て無くし、歩道を十分に広げて車椅子やセニアカーが全て通れるようにする。一方で自動車は通行禁止にして、電動コミューターや自動宅配車だけを許可する、といった大胆な整備を行う。一方でシティ外のインフラ整備は実費負担とすることで、シティへの移住を促す。もちろんインフラがなくても生活できるように、浄水器などの技術的手段は提供する。

さて、これを全部やると、景気は恐らく悪くなる。安くできることを高くやることになるからだ。国民が納得してくれるかと言えば、かなり怪しい。だが長期的視点から考えればやるべきだと思うのだが。

2017年7月6日木曜日

バニラ・エア問題


なぜ声をあげた障害者がバッシングを受けるのか?バニラ・エア問題、本当の争点はどこにある

ニュースへのリンクは何れ消えてしまうだろうから概略を復習しておくと、2017/6/5、奄美大島から関西空港へ向かうバニラ・エアの飛行機に車椅子の男性が乗ろうとしたところ、空港職員に止められた、という話だ。男性は自力で(手を使って)乗ることを強制された。同行者もいたのだが、手伝うことを許されなかった。

記事そのものに特段不具合はなく、またバニラ・エアのその後の対応(謝罪し対策を講じた)にも問題はないと思うのだが、2chなどでこの車いすの男性を非難する声が非常に気になった。

実際に見てみると、非難9割、擁護1割という感じで、殆どが非難だった。曰く、
  1. 他に対応のよい(ANAやJALなど)を選ぶ自由があった
  2. LCCはサービスを削っている代わりに安いのだから当然
  3. バニラ・エアは事前連絡を求めているのにしなかった(からダメ)
  4. 障害を特権と思っている、思いやりを権利と勘違いしている
  5. 障害者のために金・手間が掛かる(のが迷惑)
  6. 他のところでも同様のクレームをしている(だからクレーマー)
これに「反吐が出る」「馬鹿」「アホ」「テロリスト」「ヤクザ」「プロ障害者」「付け上がり」「当たり屋」「クレーマー」などの誹謗中傷用語が付いてくる。こういう輩が一定数出てくるのはしょうがないと思っていたのだが、今回は中身がマトモなのにその殆どが誹謗中傷だった、というところが相当にショックだった。

ここまで一方的だとまともな議論もできない。従って2chの議論に参戦しようとは思わないが、(たとえ本人が本物のクレーマーだったとしても)バニラ・エアの最初の対応は間違っており、後の対応は正しかった。クレーム自体にも問題はない。よって、本人が批判される言われはない。バニラ・エアに関しても、後の対応に関して(行き過ぎ、障害者に媚び過ぎ、などの)批判があるとすれば、やはり間違いである。

公共の乗り物は全て、障害者に対する相応の配慮が必要で、これは義務であって親切の類ではない。それは法で定められているもので、LCCかどうかは関係ない。一方で事前連絡は、その上での義務とは認められない。これだけで上の1~5の内容は全て間違っている、と断言できる。

まあギリギリ、「特権」という気持ちは分からなくもない。だがその特権なるものもやはり法で定められたものであって、文句を言うなら自分(その法を制定した国会議員らを選挙で選んだ国民自身)に言うべきだ。障害者に対して、ではない。

自分の読んだ範囲では、ここまでを知った(知っていることを示した)上で誹謗中傷している文章はなかった。(今後調べたとしてもごく少数だろう。) 当然、その事実を踏まえた上での反論もなかった。つまり、今回見かけた9割の誹謗中傷者は、この事実を知らないか、知っていたとしても無視して発言していたことになる。

障害者に限らず、日本には様々な弱者保護の仕掛けがある。生活保護、年金、様々な控除・補助金、健康保険などの金銭的なもの。バリアフリーやユニバーサルデザインに関する法整備(地方自治体のものも含め)。盲導犬など介助犬の差別禁止。人種差別やヘイトスピーチなどへの規制。同和問題(出身地差別の禁止)、機微な個人情報の取得制限、就職差別の禁止。郵便配達は全国くまなく義務付けられているし、店舗への入店拒否にも一定の制限がある。他にもまだ色々あるだろう。

特に、差別の禁止に関する様々な法がなぜ整備されているのかというと、放っておけばそれらが容易に復活してしまうからだ。つまり人の自然な感情は、(今回の誹謗中傷者のように)差別をしたがるものなのだ。それを是正するには、一方では法整備があるが、もう一方では教育が必要になる。これは一応学校の道徳で習うけれども、それでは全く不足であり、親や社会から学ばなければならない。

こういう誹謗中傷が多くなっているということは、それら(広い意味での教育)が弱体化していることを意味する。学校の教育が大きく変わっているとは思わないし、自分の経験上、社会から学ぶ量の方が遥かに多かったから、社会全体のモラルの低下の影響の方が大きいのだろう。

そもそも論(なぜ差別がいけないのか、その(補助の)程度はどの程度が適切であるべきか)についてはここでは触れないが、この手の社会モラルにも当然成熟度があって、時代とともに向上してきた。だが、今までは一方的にどんどん(遅々として、かもしれないが)良くなっていくだけだと思っていたところ、ここ十年ほど(つまり景気の停滞に合わせて)低下しているように感じる。

所詮、差別は社会の余裕度と逆相関する程度のものであって、人類の英知とか精神性の高尚さとかとは関係ない、社会というものも退行するポテンシャルを秘めているのだなあ、と、一人嘆く次第である。

2017年7月5日水曜日

服の『超』整理法


自動で衣料を折り畳んでくれる「ランドロイド」、またその付帯(?)サービスである「airCloset」の発表を見ていて思ったのだが、これを組み合わせて、自分の衣装のうち使う頻度の少ないものをairCloset向けに貸し出す、あるいは古着として売り払う、というサービスがあってもよいと思う。

ランドロイドでは、服を折り畳んだ回数を記憶しておいて、自分のお気に入りの服が何かが分かるようになっている。だから、最初にまず一回全部洗濯してランドロイドに折り畳んでもらっておいて、それを着ては洗っていく。1年も経てば、全く着ない服は自然と選別できるから、ランドロイドが例えば月1回、破棄を提案する。人が判断の結果破棄となったら、それをairClosetに送る。airCloset側は、それを買い取るか破棄するかをモノの状態を見て決める。まあairClosetではなく、普通に古着屋やフリマに出してもよい。

だが考えてみれば、これはランドロイドに頼らずとも人力でできる手だ。箱なり封筒なりに入れて、「『超』整理法」の手法を使えばよい。箱が余計に必要だが、ランドロイドを買うカネに比べればマシだ。ただ箱に入れる手間は結構なもので、億劫になるかも知れない。

2017年7月4日火曜日

官民データ活用社会


「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」が閣議決定された。
美辞麗句はいつもの通りだが、官が本当にこの意味を理解しているのかが気になる。その大きな理由は以下の通りだ。
  1. 情報には、単独では意味がなくともその組み合わせによって意味が出てくるものがある。ビッグデータ活用とかAIによる解析とかいうものは正にそのようなものだ。だから、単独では問題でなくとも、組み合わせによって国家機密が結果的に漏洩してしまうようなことは十分に考えられることだ。
  2. それが国家機密というほどのことはなくとも、官(自治体まで含め)の不作為、怠慢、思想的偏り、忖度といったことまでも明らかになってしまう。それも過去に遡って調べられるから、自分の首を絞めてしまうことになる。
  3. 言ってしまった以上、情報公開は加速する必要があるはずだが、今の国会に出ているような、黒塗りだらけの情報公開の印象は、更に悪くなるだろう。
国家機密に関して言うと、自衛隊周りの調達が代表的だろう。そこから推測して、今年度の自衛隊の航空機の部品調達がどの程度か、などが漏れる危険がある。自治体の怠慢当たりだと、まだ「効率化の糸口が見つかった」などといって誤魔化すこともできようが、特定の企業への肩入れなどは統計的にバレてしまう。つまり、無駄が漏れるのはまだ良し、恣意が漏れてしまうことが問題だ。その中には無意識のものもあるだろうが、政治家たるもの、意識している恣意は、漏れて欲しくない代表格だろう。それも数字でバッチリ出てしまう。もっと言えば、内閣への忠誠心まで%で出てしまうかもしれない。

AIは結構恐ろしいものだ。先日の記事では、世界中に感染したウィルスの画面表示から、その文章が元々どの国で書かれたものかが推測されていた。ある程度長い文章であれば、句読点のつけ方やかな漢字の選択、改行の癖、章立てなどから、文章を書いた個人を特定できるようになってきている。情報公開法で請求すれば途中過程も分かるから、誰がどこを修正しようとしたかまでバレるだろう。役所として、省としてならともかく、それを基に個人攻撃を受ける可能性が出てくれば、また色々と不都合が出るだろう。

例えば、個人情報保護関連で有名な高木浩光氏が、個人のブログで個人情報保護法改正の顛末について情報公開法を駆使して調べている。誰がどう法律を捻じ曲げていったかが分かる、なかなかの力作だと思うが、このレベルでの解析がどの法律でもAIで簡単にできるとなったらどうなるか、更にそれが個人別に蓄積されていったらどうなるか、ということだ。

この方法で、AIを駆使して公のアラを探すネトサヨは増えるはずだ。公やネトウヨがこれに対抗することは困難で、なぜなら非効率や恣意がある程度あるのは行政の常だからだ。そういった情報は、新聞雑誌よりもむしろソーシャルメディアで広がる。これらは自分が知りたい情報が広まる原理になっているから、情報操作は困難で、特に若者の支持を失うことは今の与党にとって不利なはずだ。

情報の分析能力が格段に上がった時、従来通り黒塗り文書を出していれば良いと高をくくっていると足元をすくわれる、そういう時代が来ているのだ。だがまあ、対抗というよりは、そういう時代になりつつある今、公はそのままでよいのか、変わるならどう変わるべきか、を考える時期に来ている、と言えるのだろう。

2017年7月3日月曜日

人工淘汰


植物でも動物でも、品種改良は行われている。これは人間の都合で自然淘汰を促進しているという意味で、「人工淘汰」である。遺伝子操作は、程度が画期的に違うけれども、同じことをしていると言える。では、改良前の植物や動物が絶滅してしまっても良いのだろうか。

外来種の侵出を防ぐとか珊瑚の保護とか、人類は一方で(弱い)生物を保護し、他方では耐性菌や品種改良で(強い)生物を生み出している。まあ耐性菌は生み出そうと思ってやっているわけではないだろうけど。これに矛盾はないか。

人類が絶滅させるかどうかは別にして、特定生物の絶滅は恒常的に起こってきた。だがそれは悪いことではない。そもそも「悪い」というのは人間の考えることであって、自然淘汰に良いも悪いもない。自然現象だ。そこに人間が絡むと、かくもこう面倒になるのか。
外来種の侵出で絶滅するような生物は絶滅すればよい、とはならないのだろうか。絶滅するからにはその生物は弱いのだから、強いものが生き残るのに何の不都合があるのだろう。ノスタルジーだけでは生きていけないのに。絶滅にしても、保護にしても、理由はあくまで人間の都合に過ぎない。学問的に貴重、可哀想(な容姿、振る舞い)、それでいいのか。

今まで絶滅してきた生物は、弱いからこそ、環境の変化に耐えられないからこそ、絶滅した。これを保護したところで、何れは動物園でしか生きられなくなる。自然保護区だって意味は一緒だ。学術的、ノスタルジー的価値はあるにしても、もはや生きているとは言えない。だんだん環境がその生物にとって悪くなっていき、そのうち動物園のガラスの中にでも閉じ込められて、生き延びさせるコストも増大していく。そのうち諦められて、遺伝子サンプルを回収して終わり、となるのではないか。

なぜだんだんコストが増大していくのかと言えば、周りの生物が進化するからだ。そしてそれは人類にも当てはまる。人間は、生物としては地球上最強というわけではない。むしろ猪程度の動物にも劣る。それを補ってきたのは知能なのだが、それが更に生物としての強さを弱めている。

生物としての強さと知能でどちらが重要かと言えば、今の時代はもちろん知能だ。だが、これも程度問題で、自然淘汰が発生しなくなれば、生物としての強さはむしろ退行してしまう。この考えを極端にしたものが優生学だと言える。

20世紀の優生学は殺戮や断種に走ってしまったため反発を買い廃れていったが、遺伝子操作が発達することで再度復活する可能性がある。古い人種は放っておいて、新しい遺伝子の人間を増やす、という方向性だ。単純な話、病気になりにくい体というのは望まれるもののはずだ。ダウン症候群のように比較的数の多い遺伝子の病気には特に注目が集まるだろう。

ゲノム編集で筋骨隆々となった牛を見たことがあるが、人間にも類似の願望を持つ人たちが存在する。ボディビルダーだ。運動選手がステロイドの誘惑に負けるのと、本質はそう変わらない。つまり、その技術が簡単になるにつれ、そういった輩が少しづつ出てくることは避けられないだろう。

バイオハザードのような化け物が出てきて暴れまわるようなことは考えにくいが、例えば風邪を引きにくく、耐性菌にも強く、健康寿命が長く、スタイルがよく、ギリシャの彫刻のような美男美女ばかり、それらは全て遺伝子操作によるもの、などという人種が出てこないとも限らない。

ただ、性格がよいとは限らない。生命として生き残るためにはある程度のズルさ、凶暴さも必要だからだ。積極的な殺戮をしなくとも、例えば政策やビジネスで圧倒して旧人類を貧乏にしてスラムに追い込む、ようなことは可能だろう。

つまり、人間同士でも淘汰はあり得る。人類の中で、「優しい(弱い)」種族が絶滅(に近い状態に)させられた事例は沢山ある。ネイティブアメリカン、アボリジナル、日本でも東北やアイヌ、沖縄で似たようなことが起きている。そのうち、遺伝子操作された人類とそうでない人類の戦争になり、前者が勝つような事態も起きるのではないか。(戦争も広い意味で「淘汰」だと言える)

そのうち、人類は「エイリアン」そっくりになるのかもしれない。

2017年7月2日日曜日

ドローンの型式確認


飛行機の開発には十年単位で時間が掛かり、ある日突然見たこともないような飛行機が市場に出回ることはあり得ない。その殆どは安全性の確認と監督省庁の許可認可に費やされるので、そうカンタンに短縮できるものでもない。だがドローンの登場により、それも揺らいできているのではないか。
プロペラが4基以上あるドローンでは、エンジンではなくモーターを使う。また、ヘリコプターではよくある、ローターやブレードの角度調整のような複雑な機構はない。ただ回転数の制御だけだ。操縦にしても、個々のプロペラの出力を手動で調節することなどは考えづらい。まあそれでも4基くらいだったらあり得るが、原理的にはそれこそ宮崎駿の映画に登場するような何十基も搭載するドローンが考えられ、その一つ一つを人間が直接制御するのは不可能だ。つまり、コンピュータが関与することが不可欠である。
だから、コンピュータが止まらないように工夫すると共に、例えば強力な電磁パルスでコンピュータとモーターが焼ききれてしまったら、制御系を切り離してパラシュートに頼る、とした方がすっきりする。
また、操縦は機種ごとに認定を受ける必要があるのが現状の飛行機やヘリコプターだが、初期のドローンは群雄割拠で進歩も激しいはずだ。免許を二~三段階に分け、基礎免許で全部飛ばせ、上級免許で同乗や営業を許す、などを考えてもよいように思う。その代わり更新時に都度考え直すようにする。そのためにはアーキテクチャ上も工夫が必要で、基礎免許相応部分と上級免許部分で制御可能範囲を分けたり、サブシステム連結には免許をかざす必要がある、などもあって良いだろう。

2017年7月1日土曜日

仮想環境下防災訓練


学校や会社の防災訓練で、都合のよい想定ばかりが続いてうんざりしている人は多いのではないだろうか。事前に火の出る場所が分かっているとか、津波はこないとか、情報システムは全て正常とか、都合よく人数の把握ができているとか。
まあ訓練を主導する総務部署がそういう設定をしたがる理由は分かる。実際に災害がくればボロボロだろうことは目に見えているからだ。だが、それを何となく分かっていつつも、それがどの程度なのか、というのは想像もできていないというのでは困る。
仮想環境下なら、業務に支障を来たすことなく、そういったシミュレーションが可能になる。例えば階段のキャパシティに対して従業員がどの程度殺到すると急激に事態が悪化するか、という変曲点を知ることは充分な価値がある。逃げ切れず人が死ぬ場合があっても、被害を最小限にするためにどう動くか、というのは、危機管理としては知っておくべきことだ。
これをシミュレートするための基礎は既にであり、専門のものも存在するが、(意外にも?)映画のソフトが使える。モブシーンの描画ソフトがそれだ。想定する建物のCAD図と人の数・位置を入れておいて、人の動き方と想定する災害(階段が崩れるとか火が出るとか)を様々に設定して描画を繰り返すことで、どのように人が動き、また死んでいくかを知ることができる。
消防署や自衛隊などでは似たような訓練をやっているのかもしれない。これが汎用化・低価格化して、自治体や学校などに落ちてくれば、実際にはどれくらい危険なのかが分かるだけでも大きな成果だと思う。

注目の投稿:

減圧ヒートポンプ洗乾機

 最近の洗濯機はほとんど乾燥機能付きだが、だいたいは60℃の高温で乾燥するため、縮むし、乾燥が使えない衣類も多い。もしこれが45℃で乾燥できるのなら、そういったデリケートな衣類も乾燥できるので、かなりの付加価値になるはずだ。 だが、ただ温度を下げるだけでは乾燥時間が伸びてしまう...

人気の投稿: