2017年6月14日水曜日

代用肉の未来


映画「ソイレント・グリーン」では、人間の死体が食料にされていたわけだが、実際のところこれは効率が悪いことこの上ない。肉として使うならまだしも、ビスケットにするのであれば小麦の栽培の方がよい。
閑話休題。日本で今手に入る代用肉は、まだとても肉と呼べる代物ではない。一方で海外では、殆ど肉と区別がつかないようなものも出てきているという。実際に食べてみた訳ではないので何とも言えないが、技術は進歩するものだから、将来的に代用肉が食卓に上る可能性は高いだろう。コストにしても、本物の肉を下回る可能性はある。
だが考えてみれば、今でも魚肉ソーセージや豆腐ハンバーグのような肉は存在している訳で、そういった肉はこれらの上に来るのか下に来るのか。バターをマーガリンが(一時)駆逐したような、大規模な普及は望めるのだろうか。
代用肉は、資源対策としての側面もあるため、ある程度実用化すれば国の後押しが期待できる。このため、庶民は代用肉、高級レストランでは本物、などということはあり得ることだ。だがこの場合、希少性が美味しさと必ずしも繋がらない。代用肉の方が美味しくなる、ということも十分に考えられる。
更に言えば、「肉」って何だろう。以前も紹介したCOMPのように、肉でも野菜でもない(得体も知れない)ものでも人間の栄養を賄えるようになれば、ただ美味しければ、飽きなければ、何だってよいはずだ。3Dプリンタで、型焼きで、自由な発想で作った新しい食事が世の中を席巻することはあり得るだろう。
小麦と膨張剤を作った菓子には多数の種類があるように、肉と野菜の区別は段々つかなくなっていき、新しいカテゴリで考えなければならなくなる、そんな時代が来るのかもしれない。そして、自然の肉や野菜が代替食、つまり不味い非常食扱いされる日も来るのかもしれない。そんな時代、食用として品種改良されてきた牛、豚、鶏たちは、人間とは逆に絶滅の危機に瀕することになる。

2017年6月13日火曜日

遺伝子操作の果て②


「遺伝子操作の果て①」では、結構暗い結末となってしまった。気を取り直して、技術的な視点からできるようになることを掘り下げてみたいと思う。
以下が、その時挙げた「やりたくなるだろうこと」だ。
  1. 病気になりにくい体。遺伝子病に限らず、あらゆる病原菌、ウィルス、プリオンなどに対抗できる。また、不快害虫を寄せ付けない、刺されても咬まれても平気、など。
  2. 老化しない体。寿命を長く、また年齢を重ねても健康でいられる。
  3. 高い運動能力。スポーツ選手や山登りなど。更には他の動物との格闘で勝てる(アフリカで暮らせる)、体が頑丈、など。
  4. 高い生体再生能力。腕を切られても生えてくる、怪我が直ぐ治る、など。
  5. 環境適応力。暑さ寒さ、強い日射、文明的な悪環境(高二酸化炭素、PM2.5など)、更には高山深海、水の少ない環境、少ない食料、宇宙(火星移住、真空・放射線)など。
  6. 高度な知能、交渉力、統率力など、社会的行動への適応性が高い性格。
最初のゲノム編集で、全部の能力をいっぺんに得られたと仮定する。そうすると、自分だったらまず何をするだろう。
しばらくは文明に毒されたままだろうから、高級な生活をしたいと望むだろう。それにはカネが必要だ。よって高度な知能を使って株で儲けたり事業をしたりしようとする。だが周りも同じく賢くなっているので、相対的にはやはり今のままとなる可能性が高い。長い寿命を生かして定期預金、と言っても、周りも同じく長寿になっているので、金利も下がるか物価が上がるだろう。
では、強い環境適応能力を生かして長時間通勤に耐えたり、草木で飢えを凌いで生活費を下げようとも思うが、同じことを考える人は多数いるはずだ。それを見越して給料を下げられるかもしれない。怪我や病気がなければ保険の解約も考えられるが、これも同じだろう。
生活の向上を諦めた後、何を考えるか。ささやかな幸せの向上だ。体力を要するスポーツや旅行が経験できるようになる。だがこれも、しばらくすれば飽きる。欲求のレベルが上がってしまうだけだ。
世捨て人になって、山奥で自給自足ということも考えられる。だが同じ志を持つ人が多数出てきて、人里離れて暮らすことは不可能になるかもしれない。そしてそのうち、そうしたがる人が求める土地の値段が上がり、元に戻ってしまう。
そう考えると、結局は内面に向かわざるを得なくなる。禅の修業でもするか。だったら今でもできるではないか。

2017年6月12日月曜日

遺伝子操作の果て①


映画「ガタカ」は、以前NASAの「現実的なSF映画」で1位に選ばれたそうだ。実際に見た感想としては、ちょっと検査が行き過ぎのような気がする。また、適正者同士であっても競争はあるはずだし、非適正者との差がそれほど隔絶しているとも思えない。恐らく適正化には多くの段階があり、料金もアナログ的に異なるはずだ。更にはその技術レベルも進化し、時代と共に古い人間の遺伝子的な価値は徐々に下がってきてもおかしくない。
ゲノム操作など遺伝子操作は、受精卵に適用しなければならないから、一度育ってしまえばその恩恵には授かれない。もちろん将来的に育ってしまった個体のゲノムを書き換えることもできるようになるかもしれないが、その難易度はゲノム操作とは比較にならないから時間もカネも掛かるだろう。
もし遺伝子操作が安全にできるような社会になったとしたら、どのような操作をしたいと思うだろうか。大きく分けると次のようになるだろう。
  1. 病気になりにくい体。遺伝子病に限らず、あらゆる病原菌、ウィルス、プリオンなどに対抗できる。また、不快害虫を寄せ付けない、刺されても咬まれても平気、など。
  2. 老化しない体。寿命を長く、また年齢を重ねても健康でいられる。
  3. 高い運動能力。スポーツ選手や山登りなど。更には他の動物との格闘で勝てる(アフリカで暮らせる)、体が頑丈、など。
  4. 高い生体再生能力。腕を切られても生えてくる、怪我が直ぐ治る、など。
  5. 環境適応力。暑さ寒さ、強い日射、文明的な悪環境(高二酸化炭素、PM2.5など)、更には高山深海、水の少ない環境、少ない食料、宇宙(火星移住、真空・放射線)など。
  6. 高度な知能、交渉力、統率力など、社会的行動への適応性が高い性格。
映画「エイリアン」に出てきたエイリアンの生体能力は非常に高かったが、知能はそれほどでもないように見えた。もし生体能力が十分に高かったら、知能もあまり必要ないように思える。人里離れた山奥でも十分に暮らせるなら、わざわざ都心に出てきて、汚い空気を我慢して、覚えたくもない知識を覚えて、したくもない仕事を続けることもない。
もちろん遺伝子的には両立することはあり得るので、後はどちらを好むか、という性格の問題になる。大人しく平穏に生きたい人と、(人を押しのけてでも)成長しようとする人の差だ。当然ながら、新たに得た能力を活用して、後者が前者を圧迫する図が生まれる。
で、これを考えてみると、「今でもそうじゃん」と思えるのだ。欧米を中心とする拡大指向の人が(いわゆる)新興国の生活圏を侵食している図が、そのまま当てはまる。北アメリカ、オセアニアはもはや白人の国になってしまったし、南アフリカや西アジアもだいぶ侵食されている。東南アジアでも思想的にはだいぶ染まってきた感がある。つまり、これを以ってしても、拡大指向の人がそれ以外の人を侵食する構図は変わらない。
結局、技術が地球を救うことはない。何時の時代でも、問われるのは科学者の良心ではなく、総体としての人類の良心である。

2017年6月11日日曜日

ディスプレイテーブルのOS


ディスプレイが内蔵されたテーブルというのは昔から何回も提案されているが、あまり売れたという話は聞かない。個人的には凄く興味があるのだが、やはり買う気は起きない。なぜだか考えてみると、その要素は三つに集約される。一つは言わずと知れた価格である。二つ目はUIの貧弱さ。三つ目は解像度だ。
これらは何れも致命的欠陥ではなく、時代が解決する性質のものだ。つまり、ディスプレイを備えたテーブルや机というのは、何時かは実用化し、そこそこ普及しておかしくないものと考える。
その前に、用途を考えてみる。リビングにはテレビがあるのが普通で、タブレットやPCもあるだろう。そこに更にテーブルがディスプレイになっているとしたら、それで何をするのか。これを考えてみると、以下のようなものが挙げられる。
  1. 大画面で見たい、また自分のペースで好きなように見たいコンテンツの消費。
    1. 新聞を広げて読む、老眼の人が読書をするなど。
    2. 絵画や写真集など、大画面で見ることで迫力が増すコンテンツの閲覧。
  2. 複数の人が同時にコンテンツを操作する。
    1. 囲碁やボードゲームなどのゲーム類。
    2. 会議、家族旅行先の選択、飲み会の場所の選択など、意見を集約するもの。
  3. 大画面が必要な情報処理。
    1. 本屋の書棚を再現し、見たい本を探す。
    2. スーパーの陳列棚を再現し、買い物を探す。
    3. 地図や星図などの閲覧。
    4. 細密写真から何かを探し出す。医療における病巣の確認、証拠写真など。
    5. 大量の写真の整理。
    6. 広大なExcelの編集。
  4. 本来の意味でのテーブルの使用を補佐するもの。
    1. 食器の周囲を照明して食事の美味しさを演出する。
  5. テーブルの上に置いた物理的なモノの操作を補助する、ないしはモノの操作によってコンピュータへの指示をする。
    1. チェスのコマや戦略ゲームのコマを物理的に作る。
    2. 家電の操作や情報処理のUIを物理的に作る。オーディオのボリュームなど。
こう考えてみると、既存のPCやタブレットのUIではまだ不足であることも分かる。例えば画面に一度に複数の人が触ることを想定したり、その向きも多方向からだったりする可能性もあるし、画面にタッチしたのが手首か指か肘かモノかの識別も必要だ。マルチユーザもマルチウィンドウも必須になるばかりか、画面は一つでもウィンドウ毎にユーザ(ID)が分かれるような事態も考えられる。となれば、単にディスプレイがあるだけではダメで、人間がそれをどう囲んでいるかなども別にセンサで見る必要があるのではないか。
従来のディスプレイテーブルでも、それなりのコンセプト的な操作ソフトはあったわけだが、OSとして標準的なものはまだ見られない。操作場面からしてWindowsのような柔軟性があり過ぎるOSは不適だろうから、AndroidやiOSのようなものからの発展系として作るのが望ましいように思う。

2017年6月10日土曜日

野性の勘は不要か


AIの発達で、何でもかんでも人間よりAIの方が能力が上、という時代は来るかもしれない。従来、コンピュータの欠点として、新しいことが苦手とか突飛な発想ができない、というのはSFでも定番だったが、AIはそんなことも吹き飛ばすかもしれない。
 
人間は文明のおかげで野生の勘をずいぶん失ってきた。耳や鼻が動かないとか、腐った食べ物を嗅ぎ分けられないとか、戦いに勝てるかどうか、危険の察知、雨が降るかどうか、新製品がヒットするかどうか、などだ。
 
AIが相応に信用できるなら何でも尋ねればよい。だがそういう時代において、野生の勘を鍛えるようなことは不要になるのだろうか。
ここには、幾つかの視点がある。
  1. 本当に全ての事項についてAIに負けるのかどうか。AIにも苦手なことがあるのではないか。あるいは平均的には負けても、個人単位で見れば特定の分野ではAIに勝てる、ということはあり得るのではないか。
  2. AIが動かない、頼りにできない場面はあるのではないか。戦争動乱、天変地異、停電、電波障害、電磁パルス、経済的にスマホが買えない、料金が支払えない、生活弱者、宇宙や僻地、など。但し、もし滅多にないことなのであれば、コストパフォーマンスが重要であり、その間は我慢する、という考えもある。
  3. 実用としての野生の勘ではなく、それを鍛えることに何か別の意味があるのではないか。例えば危機を察知する能力はビジネスに応用できるのではないか。あるいは単純に、脳を鍛えることになるのではないか。
  4. 将来的に、AIを人間の脳に組み込むことができるようになる可能性。
まず1.だが、現状ではまだまだAIは頼りない。当面は安心だ。だが将来、AIが全ての面で人間を超えることは十分に考えられる。それどころか人間を遥かに超え、とても敵わない、と諦めざるを得ないほど強力になることも考えられる。
2.は、AIが動かない状況というのは恐らく生命の危機にも瀕している場合が多いと考えられる。このときだけのために勘を鍛えるというのは、人によっては価値があるだろう。だがコストパフォーマンスは悪いから、そういう人はごく少数に留まるはずだ。また、自分が使えなくても周り(の社会)のAIが全滅と言うことは考えにくいから、周り(のAI)が自分の危機に気付いてくれるような社会になるはずだ。秒速で弾を避けながら走るとか、地割れを避けながら逃げるような場面を除けば、殆どの場合はAIが一時的に動かなくても問題はないだろう。
3.は大いに考えられることだ。だがそれを補って尚余りある勘をAIが持つならば、多くの人は適当なところで妥協するだろう。とりあえず筆算は習うが実用では電卓を使う、というような感覚だ。
4.があれば、1.2.3.の問題は全て解決することになる。この時代には、野生の勘は完全に不要である、と結論付けられるだろう。AIを鍛える方が、効率もよく労力も少なく的確な勘が得られるからだ。

2017年6月9日金曜日

引き出しすのこ+パワーリフター


別の投稿で、ロボットが出し入れを引き受けるなら、家じゅうの隙間空間を活用して荷物を仕舞い、且つその場所と内容を覚えておいてくれるから、無駄なものを買わないで済んだり消費期限を逸して破棄することが減るだろう、という予測をした。
ただ、既存の建物でこれを実現するためには、相当高度なロボットが必要だ。現在ある家を生かしつつ、家の改造もロボットの高度さも最小限にするような工夫はできないだろうか、と考えていて思いついたのが、タイトルのような仕掛けだ。
パワーリフターというのは、リンク先を見てもらえば分かるが、重いものを高いところまで持ち上げる機械だ。例えば1500mmまで持ち上げるものが20万円弱で買える。家庭用としては少々お高いが、これは産業用だ。家庭用にもっとスペックの低い、安いものを作ることはできるだろう。その場合、天袋を想定して、高さを2000mmまで対応してもらうとありがたい。また耐荷重は逆に、50kgもあれば充分だ。
これにはキャスターがついているから、高さ方向へ逃げることが容易になる。後は奥行き方向に複数の箱を入れているときに、奥のものがカンタンに取れる仕掛けがあるとよい。天袋や押入れにはそれなりの奥行きがあるから、例えば700~900mmの範囲で箱を2段入れられるとよい。
このための仕掛けを担うのが、タイトルの「引き出しすのこ」だ。まず、このすのこは、押入れの奥行きに合わせて複数の種類があり、ぴったりのものを選ぶ。すのこは複数の縦方向(奥行きに向かって手前から伸びる方向)に長いもので、幅に合わせていくつかを並べて使う。そして、すのこの上部はテフロン加工されており、滑りを良くしてある。
並べるすのこは二種類あり、一つは幅調整のためだけに使うものだが、中央部の幅30cm程度のすのこには仕掛けがある。ブックエンドのようなL字型の冶具(金具でもプラスチックでもよい)があり、すのこの前部に電動ドライバのような工具を差し込んでスイッチを入れると、この冶具が前後に動く。具体的には、ボルトナットか滑車のような仕掛けが考えられる。つまり、この工具によって、奥にある荷物が手前に自動的に押し出されるわけだ。
これを前提に、リフターの先端にこの工具を取り付けておけば、高いところに二段階以上に押し込んだ段ボール箱を、苦もなく出し入れすることができる。電動ドライバの先にアダプタを付けるだけで同様なことができるようにしておけば、リフターが買えない家でも類似のことができる。
荷物を記憶するには、現在でもスマホのソフトが出ているから、特段新開発する必要はない。専用リフターが3万円、すのこが1万円程度で売りに出されれば、それなりに売れるように思う。

2017年6月8日木曜日

ソーラールーフの普及による一般家庭の変化


一般家庭の変化の第一は無論オール電化だ。それもバッテリ付きが基本になるので震災にも強いから、防災対策はかなり変わってくるはずだ。例えば、非常食を冷凍で蓄えることは今まで考えられなかった。電力が止まればたちまち全部ダメになってしまうからだ。だが、電力が止まらない前提であれば、冷凍食品を大量に保管しておいて、あるいは生野菜や肉魚をCAS冷凍しておいて、ランニングストックとして使用するようなことが可能になる。水も、ペットボトルで蓄えるのではなく、給湯タンクと浄水器を買う、という方向性が出てくる。
これはもちろん一軒家を想定したシステムなのだが、壁、物置やカーポートの屋根、崖斜面などにも当然設置可能である。元々屋根の使用効率も高いし、そういったところまで活用すれば、かなりの余剰電力が生まれる。そうすると、一般家庭ではエネルギー消費がむしろ豊富になり、新しい需要が生まれるかもしれない。
まず、冷暖房をケチらなくなるため、普段の生活の質が向上することも考えられる。風呂にしても、24時間風呂や温水シャワーの需要が増すだろう。一時期は自粛ムードだった「明るい夜」も復活するかもしれない。
また、自動車も電気自動車への購買意欲が増す。テスラはまだ高価だが、国産のEVやPHV、電動自転車や電動ミニカーなど、あるいは農家で使う作業機械が電化するなども考えられる。
個人的な興味としては、雨水と浄化槽下水の沸騰浄水を使って普段から水の自給を可能にすること、小規模な植物工場を作って食料の一部たりとも自給すること、がやってみたい。何れも無償の電力があれば、ランニングコストはかなり安い。
小規模業務としては、電力を大量に使う、且つ小分けで売れるものが考えられる。まず、製氷やアイスクリーム製造、またガス製造(液体酸素、液体窒素、電気分解による水素精製など)が考えられる。上と組み合わせ、自作の生鮮野菜をCAS冷凍で通販する、などは考えられる。アルミ精錬も電気の固まりとして有名だが、小売が成り立つものなのかどうか不明だ。

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