
と、ひとことに言っても色々あるのだが、ここでは「新規事業における法への適合性審査」について考えてみる。
よく聞く話だが、日本は新しいことに対する許認可が通りづらいとされている。例えば、日本では新建材(3Dプリンタ建築など)に対する認可やAIを使った医療機器の認可などが進んでいない。この手の話はいくらでもある。ただ個別事例を上げるのではなく、もっと冷静に数字を見てみると、
https://ja.wikipedia.org/wiki/ビジネス環境改善指数
という指標がある。これは順位が高い(=数値が低い)国ほど、企業に対する規制がより適切で、通常はより単純であり、財産権の保護が強化されていることを示す。この指標で、2020年の日本のスコアは29位だった。世界的に見ればまだ上位ではあるものの、OECDの中では下位に位置づけられる。また、
https://www.imd.org/news/imdが世界競争力ランキング2025年版を発表/
ここで日本の競争力は35位。改善はしているものの、政府の効率性は更に悪く、38位だった。
ただ、全てにおいて日本が悪いかというとそうでもなく、定型処理のスループットは迅速であることも、数字で示されている。
| 手続き項目 | 日本 | フランス | 米国 |
|---|---|---|---|
| 会社設立登記(最短) | 1〜3日 | 2〜7日 | 1〜5日 |
| パスポート発行 | 約6日 | 約14〜28日 | 約42〜70日 |
| 特許審査(一次審査) | 約10ヶ月 | 約18ヶ月 | 約15ヶ月 |
つまり、一律に遅いのではなくて、新しいことに対する対応が遅いのだ。
なぜ遅いかと調べてみると、日本の法体系の構造がそれに関与していることに気付いた。まず、例えば米国では法に書いていなければ即実行が可能だが、日本では役所への許認可や審査のところで長く止まってしまい、先に進まない。法律に禁止と書いていなければやっても良いはずだ、とはならないのだ。法には許認可が必要、審査が必要、とだけ書いてあり、何をクリアすれば良いのかは書いていない。審査が進まなければ事業は始められない。審査の基本的な考え方とそのスピードがネックになっている。
だからといって役所がことさら新しいことを拒絶しているわけではなく、審査自体は粛々と進められている。その審査の基準はというと、日本の場合は法律ではなく、通達やガイドラインがそれに相当している。つまり、なぜ審査が進まないかというと、新しいことには当然通達なりガイドラインなりが整備されていないから、まず基準(=通達)をつくるところから始めるからだ。
実は、日本の法体系は、法律自体には詳しいことは書いておらず、実態は通達やガイドラインに記述する「現場依存型」であるということが分かっている。以下の表は、日本の法律のボリューム(文字数)を1とした場合の、委任立法や通達・ガイドラインのボリュームを各国で比較したものである。
| 階層 | 日本 | フランス | 米国 | イギリス | 中国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 法律 (Statutes/Codes) | 1.0 | 2.5 | 15.0 | 8.0 | 4.5 |
| 委任立法 (Regulations) | 7.5 | 6.2 | 600.0 | 30.0 | 25.0 |
| 通達・ガイドライン | 42.0 | 3.8 | 60.0 | 12.0 | 150.0以上 |
| 合計ボリューム | 50.5 | 12.5 | 675.0 | 50.0 | 179.5以上 |
これによれば、日本は法律から通達に向けてきれいに末広がりになっている。これはすなわち「細かいことは現場に任せる」という現場依存の体質を如実に表している。中国も同じく末広がり型だが、こちらは法律を事実上「上書き」する強制力を持つケースが多く、「仕様書よりパッチの方が強い」という極めて動的な(かつ恣意性が入り込みやすい)構造なのだそうだ。
これに対し、欧米は通達が少なく中間(委任立法)が多い。法律自体も日本よりは多いが、委任立法のところはまだ法律の範囲なので、省庁による恣意的な策定はできない。ここで細かい抜け道を抑える構造であると共に、足かせとしての機能がある。ここに書いていなければ、基本的にはOKというわけだ。
一方、世界司法プロジェクト(WJP)は、「政府の権限の抑制」「基本的権利」「秩序と安全」「民事・刑事司法」などの項目を0〜1でスコアリングしている(1に近いほど良い)。そのうちの幾つかを紹介すると、以下のようになる。
| 指標(2025年版推計) | 日本 | フランス | イギリス | 米国 | 中国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 総合スコア | 0.79 | 0.73 | 0.78 | 0.70 | 0.47 |
| 政府の権限への制約 | 0.71 | 0.74 | 0.81 | 0.68 | 0.25 |
| 汚職の欠如(公権力の私的利用) | 0.86 | 0.79 | 0.82 | 0.74 | 0.51 |
| 規制の執行(公平・迅速な執行) | 0.81 | 0.72 | 0.79 | 0.71 | 0.54 |
これはつまり、法の恣意的な適用や意図的な遅延、あるいは賄賂といった問題は、日本は少ないのだということを意味している。
ここまでの検証で分かることは、日本の法の運用は実際には世界的にも上手くいっている方であるが、新しいことへの適用が弱い。その理由は通達に依存する「前例主義」だ。前例主義はよく非難されるが、既存のものについては迅速に進むという良い面もある。一方、新しいことにはからきしダメになる。だから、ここを改善すれば、日本の法の運用は世界最強になれる。
その改善とはすなわち、先例のない新しいことへの審査を迅速化するということだ。そのためには、ノーアクションレター制度とかグレーゾーン解消制度というものが既に存在しているのだが、特に迅速に動いているわけではない。その「通達を作るまで待って」の部分が手続き化されただけであり、新しい通達を作るところ自体が迅速化されているわけではないからだ。
つまり、そこをAIにさせようというのが本稿の趣旨である。
新しいことに対して審査をするためには、以前の通達やその根拠法をつぶさに見て、既存の通達が通用するかどうかを判断し、もしダメなら新たに基準を作る必要がある。そして上のようにそのボリュームは膨大なので、人間が読み込むには相当の時間が掛かる。これをAIに任せれば、数十倍(事前の試算によれば40倍程度)の速度で確認ができる。更には新しい「通達案」すら作成できるだろう。それこそ数分から数時間のレベルで作成できる。
もちろん、最終的に「ハンコを押す」(ボタンを押す)のは人間である。AI出力の精度の問題は役所の中に帰結し、外に出すものとしての品質は変わらない。それでもなお、迅速に出すのに不安があるなら、暫定認可とすれば良い。例えば2年後に正式通達を出す前提で、その際には再度認可を求めるようにする。こうすればとりあえずの商売は始められるし、2年後の再認可においても致命的な改変が起きる危険は少ない。
当面の間は、グレーゾーン解消制度のバックオフィスとしてAIを使用することを目標とするのが良いだろうと思う。だが、その先の構想はもっと野心的だ。つまり、通達・ガイドラインの類に相当するところを全てAIに任せてしまってはどうか。
通達やガイドラインを作ること自体にも、大量の専門家が雁首揃えて長時間議論するので、数カ月から年単位で掛かることもザラだ。これが一瞬でできれば、定型業務への落とし込みも含め、法の執行が極めて迅速にできるようになる。更には、新しいことかどうかに限らず、このAIに尋ねれば、何をクリアすればよいのか教えてくれる、そのようなサイトを国が運用する。こうすれば、既存でも新規でも、許認可のスピードを大幅にアップすることが可能だ。
付随効果として、これに伴って、独法などの必要性は大いに低下するから、スピード以外にもトータルコストとしての効率は大いに向上するはずだ。
ここで問題になるであろうことは、そのようなAIの生成が本当に可能なのか、出力の信頼性が十分なのかどうかである。だがここについてはあまり心配していない。現在でも8割はOKだと思うし、5年後なら人間の判断基準を十分に超えているだろう。当面は人間の判断の補助に使い、エラーは都度修正しながら使っていけば、すぐに使い物になるだろう。