2017年5月20日土曜日

本気の改憲論


自衛隊の予算規模は先進国としてはそれなりのものだが、他の国と違って効率はかなり悪いようだ。他国の安い武器が買えないから、同じ性能を持つ国産をライセンス生産するにしても、需要が限られているので単価が高い。先般の警護出動で露見したのは、医療法の絡みで衛生兵ができることが極めて限られていること。怪我をしてもモルヒネも打てず、治療もできないらしい。
日本は長い間戦争から離れていたから、国民も背広組も戦争に対する感覚が鈍くなっている、慣れていない。また百歩譲って自衛隊が優秀だとしても、指揮官たる背広組が的確な指示を出せるとは思わない。日々の国会の運営や、自然災害における対応の酷さを見れば、エビデンスとしては十分だ。だから実際に戦争が起これば当初の想定より大幅に弱いだろう、というのは想像できることだ。
改憲論者の主張の理由としてよく挙げられるのが、他国(具体的には中国と北朝鮮であろうと推測する)の軍事的脅威に対する抑止力としての自衛隊だ。だが、現実的な問題として、現状の自衛隊では抑止力にならない。自衛隊の戦力は、自国の領土の外で大規模な軍事活動をすることを想定していないからだ。具体的には航空機の航続距離が短く、燃料補給機や空母がない。遠距離ミサイルも持っていない。サイバー攻撃部隊も持っていない。ABC兵器(核、生物、化学)も持っていない。
自衛はできても敵本国への反撃はできない。つまり敵にしてみれば、戦力(コマ)は消耗するにしても自国への軍事的脅威はない。これでは抑止力にならないのは当然だ。また、肝心の自衛力にしても、核ミサイルに対しては無きに等しい。これは現在の技術ではどうしようもない。だから、もし軍事力を抑止力としたいのなら、自国へのミサイル攻撃を受けてなお、相手国を充分な数の核ミサイルで攻撃する能力がなければならない。
現在それは米国が担っている(安保)。もし米国に頼らず自国のみの力で自衛したいと思うなら、当然安保は破棄ないしは縮小すべきであり、その軍事力も中国本土への攻撃を想定するのが筋だ。改憲して且つ自衛隊の守備範囲を変えない、安保もそのまま、などという理屈は通らない。
中国は国土も広く、軍事拠点も政治的拠点も多数あるから、航空機では無理で、多数の核ミサイルが必須となる。つまり核非拡散条約の破棄も必須である。そしてその標的の数は十や二十では効かず、数百数千となるはずだ。それに見合う数だけのミサイル基地を各地に設置し、その各々の位置も秘匿したり、位置の検知が困難なミサイル原潜を複数保持するなども必要となる。
そうなれば、軍事費(防衛費)も、人員も、現状のそれでは全く不足である。特にミサイルの増強には実地での経験がないから、他国から買ってくるか、膨大な量の発射実験が必要となる。原潜も同様だ。軍事費は、少なくとも当初はGDPの10%を大きく超えるような増加となる。さらに問題なのは人員で、進んで軍隊に行きたがる若者がそう急激に増加するとは考え難いから、徴兵しないのであればカネで釣るしか道はない。
既に20年間経済成長がゼロの国がそれを捻出しようと思えば、紙のカネを刷るしかない。その規模は十兆円規模と推測される。当然それは大幅な円安を引き起こし、また軍需は輸出を増やさないから、一方的に輸入が落ち込んで経済は悪化するだろう。核非拡散条約の破棄に伴う経済制裁も小さくないずだ。
そうしたところで優秀な人材が集まる訳ではなく、当初はカネ目当ての守銭奴か、生活が苦しい困窮者になる。それでも昔は歩兵の需要があったのだが、近年の軍隊はハイテクであり、一定以上の頭脳が要求される。そういった人材を(例えば今の十倍)集めなければならないとなると、やはり何らかの強制は必要である。
これには、大手ICT会社や重機会社からの一定数の出向を半強制にする(政府調達の入札条件にするなど)、設備納入に当たってのサポートという名目で常駐させる、などが考えられる。もちろん戦争が起こった時の生命の保証はナシだ(あったとしても有名無実になる)。よく言われる「子供が徴兵に取られる」というものではなく、いきなり一家の大黒柱が事実上の徴兵に取られる、というわけだ。
自衛官の数は25万人で、中国軍(中国人民解放軍)はその10倍だ。単純に考えれば同程度の人員増が望まれるし、圧倒するなら更にその数倍が必要だが、それが無理としても十万人単位(2倍、3倍)の増強が必要だろう。それは、国内の大手企業の何割というような大規模な「徴兵」が発生することになる。
当然ながら、そういった人材が軍需に取られることで、本来その人たちがするはずだった仕事はできなくなる。大手企業の中堅層がごっそりいなくなれば、日本の経済にとっては大きなダメージになること疑いない。また、国内では輸入食料が減少するので、主に第一次産業の人口増が必要だが、それを担う人材がいない。この場合、海外からの移民には大きな期待はできない。
一方でそうしたとき、戦争の脅威は減るのだろうか。安保が破棄ないしは変質したとしても、米国の基地がなくなる可能性は極めて低い。本来の米国の目的は日本を守ることではなく、東南アジアに軍事的な睨みを利かせることだからだ。つまり(地域としての)日本における戦闘能力は維持ではなく増強になり、中国を更に刺激することになる。
結局これは、冷戦構造の再来でしかない。それはお互いを疑心暗鬼にさせ、エスカレートを産む。そしてこれはもう始まっている。日米安保と米韓相互防衛条約などがそれで、長らく中国の国力が弱く対抗できなかったところ、近年の好景気で中国が盛り返してきた。中国に言わせれば、長らく爪先で立たされてきたところ、ようやく地に足が着いた感じだろう。
この競争は、当然伸び率の高い方が勝ち、息切れした方が負けだ。中国と日米で比べれば、前者が圧倒的に有利だろう。そして本来の目的、つまり抑止力としての軍備は、先制攻撃という口実を得て、弱い方が口火を切ることになる。そして勝っても負けても、中国と日本は各々国土を破壊され経済的な打撃も受けるが、米国本土は無傷で残る。米国にしてみれば、近年の伸び著しく、米国に追いつき追い越そうとしている中国の国力を弱めるには良いチャンスだろう。
ここで原点に返って考えてみてほしいのだが、なぜ日本は長らく平和でいられたのだろうか。安保と自衛隊のおかげだ、というのが改憲派の主張だろうが、そもそも日本に戦争を仕掛ける理由はあるのか。先の大戦は日本が仕掛けたからその反撃、という大義名分ができた。それ以前は日本は南方や満州に進出(侵略)して資源や労働力を搾取し、軍備を増強してきた。それを阻止する狙いはあったと言える。
だが現状はどうか。他国を侵略している事実は当然ながらなく、また日本で資源と言えるようなものはほぼない。あえて言えば広い経済水域からくる漁獲と、まだ開発途上の海底資源だろうが、何れも微々たるものだ。人材の確保にしても、昔のような強制労働より機械の方が優れている。特許や知的所有権も欲しいかもしれないが、アメリカは自身の方が強いし、中国は無視することができる。難民の流出もないし、工業製品の輸出は戦争をすればむしろ途絶えてしまう。国内に酷い人権侵害や差別、奴隷労働などがあるわけでもない。預金が欲しい?だが戦争になれば円の価値はガタ落ちになる。
そんな日本と唯一戦争をする理由があるとすれば、それは「先制攻撃」、つまり日本が攻めてくる危険があるから先に攻める、というものだ。戦争をしないため(と勝手に日本が思っているだけ)の準備が、かえって戦争の危険を高めていることになる。
そしてもう一つ、日本が戦争になると大きく助かるのが、他でもない「日本政府」だ。戦争に乗じて預金封鎖や新円切り替えをしたり、国債でデフォルトを起こすことができる。そうならなくても、円の価値が大幅に下がれば借金を減らす効果がある。安保でつながっている日米(政府)双方の思惑が合致すれば、その方向に世論を誘導することは大いに考えられる。
恐らくここで想像できていないことも多く起こるだろう。改憲を謳うならば、そういった想定外のことも含め、このすべてを受け入れるくらいの覚悟は必要である。

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