2017年5月13日土曜日

ないとはいえない


裁判所の判決文でよく出てくる、このフレーズが嫌いだ。
判決に納得ができないことも多いが、その多くは心情的というよりも論理的な矛盾だ。上のフレーズはその代表的な例と言える。被疑者に悪魔の証明を要求している、量的議論を無視している、判決に矛盾する証拠を無視する、心理学的事実を無視する、などは枚挙に暇がない。
裁判や法律にはもっと理系の視点が必要だと思う。例えば、判決の信頼性に一定の基準を設けてAIで点数化するなどしてはどうだろう。社会力学的な恣意は無視するとして、論理学のレベルでチェックし、もちろん合格落第は付けずとも、裁判所のレベルや裁判官について各々点数を蓄積していくのだ。例えば、
  • 悪魔の証明(そもそも証明が非常に困難なこと)を要求していないか
  • 過大な費用が掛かる証明を要求していないか
  • 弁護士の質が極端に違わないか
  • 法律を正しく解釈しているか(他の解釈事例と矛盾していないか)
  • 提出された証拠を公平に評価しているか(片方に一方的な有利な解釈をしていないか)
等を診断する。単独の判決でどうこうするのではなく、長期間蓄積していけば傾向が出せる。その上で、原告被告のカテゴライズや訴訟金額規模などとの相関が出せれば、その偏りを見た上で、裁判官自らへのフィードバックになるだろう。

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