今更だが、ご冥福をお祈りする。
技術に興味を持つきっかけとなったのは、彼だったように思う。冨田勲と言えばシンセサイザーだが、普通のアルバム以外にも、音作りの過程を説明するような2枚組のLPレコードが出されたことがあって、人生最初の自分で買ったレコードはそれだったように記憶している。
「冨田勲の世界」というものだ。これがきっかけでシンセサイザーに興味が出た。ただ当時のシンセサイザーは子供が気軽に買えるような値段ではなく、想像で楽しむしか他なかった。
では自分で作れないだろうか、と調べてみて、「ラジオの製作」
系の電子工作にはまる。そして遂に、ラジオの製作でもシンセサイザーの自作記事が出るのだが、モジュール毎の連載、またモジュール一つ一つが高額、ということで、作るのを断念する。
その後、ヤマハからFM音源シンセサイザーが出てくるのだが、暫く後にそのコアとなっているICが秋葉原に出回っていることを知る。キットなどは出ていなかったので、ICの説明書を入手して読んでみると、これがコンピュータ制御前提となっていた。
ここで一時気が遠くなるのだが、コンピュータ関係の勉強は別に行っていた。そこで全てを自分で設計し作ることを決意。何とか動かすことができたのだが、プログラムが稚拙で自由に音を作り出すことができなかった。その間も氏は次々と新作を出し、そのたびにレコード(後にCD)を買っては憧れることになる。
最近ではシンセサイザーを使った音楽は当たり前になった。そんな時代に改めて氏の音楽を聴くと、当時は全然感じなかった、手作りの暖かさを感じる。何というか、音のツヤ感が違うのだ。手塚治虫のスターシステムのように、冨田サウンドにも定番の音が幾つかあって、それが出てくると思わずニヤリとなる。当時の氏も手作りを意識していたわけではないと思うのだが(それしか方法がなかったのだから)、これは不思議な感覚だ。
逆に考えると、今のシンセサイザー音楽は、自動で作れるところが多い分、手抜きになっているのではないか。料理でもそうだが、市販品そのままではなく、自分なりの隠し味を入れたり、推奨する作り方をわざと外してみたり、とすることで、自分オリジナルに変わっていくものだ。現代の演奏家には、(弾き方だけでなく音作りのところで)個性をもっと発揮してほしいものだと思う。
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