2017年4月10日月曜日

3Dプリンタと産業構造の変化


子供とカミさんの靴は選ぶのに苦労する。子供は成長が早いし、女性用はデザインや靴のカテゴリが細かく、足に合っていて且つ本人の気に入るデザインというのはなかなか見つからない。
障害者や高齢者では別の意味でフィッティングの苦労がある。デパートの介護用品売り場に行けばそれが実感できる。手がリウマチで変形してしまって普通のスプーンが持てない、握力が弱って靴紐が結べない、風呂に入るのも補助が必要、視力聴力の衰えなどもそうだ。そのバリエーションは靴の比ではない。
従来は、熱塑性変形やパーツの交換、ないしは複数のサイズ・形状違いのものを揃えることで対応していた。当然価格は高く、修理も難しくなる。また、パーツを介在することで強度が落ちたり、パーツを紛失しやすくなったりする。3Dプリンタはこういった用途にうってつけだ。
だが、ここまでは言わば当たり前。更に3Dプリンタが身近になれば、もっと気楽に誰でもフィッティングができるのではないか。例を挙げてみる。
楽器(バイオリンのあご当て、弓、木管楽器のリード、指揮棒、…)。指輪。イヤホン。メガネのつる、鼻当て。スポーツの道具(スキー、水泳のゴーグル、ラケット、バット、グラブ、スキー板、ヘルメット、銃、…)。靴の中敷。医療用マスク。文房具(はさみ、カッター、ペン、…)。(携帯)電話。食器。調理器具。工具(ノコギリ、ドリル、ハンマー、…)。ドアノブ。…
体の何処かで触るものは全て可能性がある。また、フィッティングでなくとも、美術品や嗜好品、日用品のデザインでも同じことが言える。
こうなることにより、幾つかの産業構造の変化が予想される。
●デザイン自体の価値と出来上がったモノの価値の比率が変わる
●機能コアビジネスの出現
●素材の単一化、種類削減へのモチベーションとリサイクル機運の向上
●モノが少なくなる

順に説明していく。
●デザイン自体の価値と出来上がったモノの価値の比率が変わる
現在でも、壁掛け時計の盤面や文字を自由に選んで作る工作キットが売られている。指輪やアクセサリーの自作も、東急ハンズなどでパーツを買ってきて自分でやってしまう人もいる。衣装を自分で作ったり、マフラーを編んだりというものもあった。
布系は多分無理だろうが、機能的には成熟していたり、そもそも美術品やアクセサリーなど機能自体に殆ど意味のないものについて、デザイン自体の美術的・人間工学的センスには価値が残るが、3Dプリンタによって設計図があれば誰でも作れるようになれば、出来上がった「形」自体の価値は下がるのではないか、という予測が成り立つ。
従来、特に細かいものについては製造が難しかった。ある程度小型の機器であっても、プラスチックの射出成形には金型が必要で、安いものでも数百万と数週間が必要だった。金型も、単に作れば良いわけではない。俗に「ヒケ」と呼ばれるな肉痩せに対応して、目指す最終形に合わせて金型を微調整したり、プラスチックが廻り込まないで失敗する事態を防ぐために空気抜き穴を作ったりデザインを変更したりと、それなりに職人技だった。一方で3Dプリンタなら、デザインさえできれば数時間で作成可能なばかりでなく、従来は不可能だった極端に複雑な形も、同じ手間で作ることができる。
これによって、一種の価格破壊ないしは技術体系の崩壊が予想される。まずは金型業者の衰退。プラスチック業界は射出成形より3Dプリンタ向けのフィラメント開発に走る。デザインは始めから多数のバリエーションが必要になる。3D CADエンジニアの大量需要。など等。
相対的にデザインの価値は上昇する。単純には意匠権などの権利関係が難しくなり、型を表す3Dデータにはコピーガードの議論が生じるだろう。加工技術や材料工学の類は、一部を除き衰退するかもしれない。焼きなましや鍛造など、加工方法によって材料の強度や粘りが違ってくる金属加工などは、3Dプリンタでは及ばないところではあるが、そうでなければ細かいことは必要なくなるからだ。
3Dデザインそのものを売買する商売も出現する。文具や日用品など単純なものは、買うより作る方が面倒がなくてよい、ということにもなるだろうし、気に入っている定番が売り切れになることもない。まずは3Dプリンタで少量生産し、ヒットすれば金型を作って大量生産、という造り方もできるため、その裾野は広がることになる。
一方で3Dプリンタでは作れない素材、例えば鍛造鉄や真珠などを使ったモノの価値は相対的に上がることになる。だが全体で見れば総額は下がる、つまり市場規模は縮小するはずだ。
●機能コアビジネスの出現
これは簡単だろう。壁掛け時計の例がそのまま使える。駆動部分、即ち針の駆動機構自体は3Dプリンタでは作れないから、この部分だけを売る、ないしは時計盤の3D CADデータと一緒に売るような商売だ。これまでは「作る楽しみ」があったわけだが、3Dプリンタの場合は中間過程がないのでその部分は消える。携帯電話のケースを取り替えるように、「飽きたら交換する(作り直す)」ようなことが進むだろう。腕時計や携帯電話が最も身近な例になるだろう。
電子機器に関して言えば、ArduinoやMicroViewのような小型ワンボードマイコンがその核になる事態が充分に予想される。それは、いわばアプリケーションをあらかじめ搭載したスマホのようなものだ。ブラインドの開け閉めやホームセキュリティ、鉢への水遣り、熱帯魚の給餌や水温管理など、詰まらないものでもどんどん自動化していく。
また、機能コアを複数使って複合機器を作ることが可能になる。掃除機に洗濯機をくっつけるのは考えものだが、二台の携帯を表裏くっつけたい、という要望は叶えることができる。このコンピュータキーボードは気に入っているんだけどテンキーがない、というときに、それをくっつけることもできるだろう。機能同士の連携には別の配慮が必要だが、それもまた商売になる。標準化も進むかもしれない。
●素材の単一化、種類削減へのモチベーションとリサイクル機運の向上
これらにより、故障しても機能部分だけ交換すれば良いし、プラスチック部分はリサイクル可能だから、ゴミが減ることにもなる。だがそのためには、3Dプリンタで作られる部分に細かい素材の違いがあると困る。つまり、従来は複数の素材を組み合わせて作ることが当たり前だったが、できるだけ単一の材質で作ろうとするバイアスが掛かるはずだ。
PET樹脂はその可能性の筆頭だろう。飲料ボトルとして買ってきて、飲み終わったら洗って粉砕してフィラメントに加工する。そのような卓上の機械は既に開発されている。但し、難燃性や熱可塑性に若干不利があるため、素材の改良は必要だろう。
また、単一材質になれば必然的にリサイクルも促進される。ペットボトルがまず皿やカップに化け、ケータイのケースに化け、インサートカップに化け、ストッカーに化け、弁当箱に化け、最後にゴミ袋に化けて捨てられる、というような未来も想像できる。
●モノが少なくなる
従来、捨てられない、整理できない、という人たちは多数いたわけだが、もしデータさえあれば何時でも同じモノが作れるとなれば、捨てるのにも抵抗がなくなるだろうし、捨てたものはリサイクル材料になる。
この代表例としては、食器類が挙げられる。お客様用に何年も使わないものを取っておくとか、将来家族が増えたときに備えて4客用意するとかいう発想が廃れるだろう。結婚式の引き出物や旅行の記念品などにしても、3Dスキャンしてしまえば後はリサイクルに廻すことができる。服や本に関しても、同様のことが考えられる。
本などは面白いと思う。紙ではなくPET樹脂ペーパーに印刷した本と、それとセットになった電子データのセットとして販売することで、読み終わった本の処分に抵抗がなくなるだろう。服はまだ困難だが、一部では既に3Dプリンタでの印刷に成功しているそうだから、将来的には同様のことができるはずだ。
他にも、お気に入りのぬいぐるみとか、子供の頃に買ったおもちゃなど、思い出として捨てがたいものがあったとしても、買ったときに3D CADデータがあるか、あるいは3Dスキャンできるなら、捨てられるものは多くあるはずだ。
また、将来的にゴミになる可能性の高いもの、例えば植木鉢や棚などは、始めからリサイクル素材で作られたものを買うように心がけるようになるだろう。こうなれば、家の中の整理はだいぶ進むだろう。押入れやタンスの需要が減り、部屋を広く使えるようになる。(タンス自体も印刷するようになるかも知れない)

まあ、こうなるためには、まだまだ3Dプリンタの進化が必要である。5年、10年後にはこうなっていると嬉しい。

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