2017年8月1日火曜日

運動しないで・・・


深夜の通販番組などで、運動しないでも痩せられる!なんていう器具や下着などが多数売られているが、ときどきズッコケる説明が堂々と為されていることがある。

こういうものを見るとき自分が気をつけているのは、論理的に、統計学的に、納得できるものかどうか、ということだ。それには商品知識自体は必ずしも必要ない。体の構造と、論理学と統計学の基礎が分かっていればよい。以下に考えてみる。

原理的に考えて、食事制限をしない(普段と同じ)場合、直接運動をしてカロリーを消費するか、基礎代謝を上げて消費するかをしなければ収支が合わない。市販されている全ての機器は食事制限を要求していないから、「運動をしている」「基礎代謝を上げている」のどちらかが為されていなければならない。

だが、例えばジョギングを1時間してもケーキ1個分程度しか消費しない。しかし、それで基礎代謝が上がり、体温が1℃上がった場合、1日でケーキ10個分ものカロリーを消費する。つまり、運動するのは「カロリーを消費する」ためではなく、基礎代謝を上げるためだ。ではどの程度の運動が必要かというと、運動する場合のシェイプアップの基準として、「週2~3回、1回当たり30分以上の軽く息があがる程度の有酸素運動」を基準として、そこから大きく逸脱していない必要がある。

また、もし運動をせずとも基礎代謝が上がるのなら、そういう方法も考えられる。この代表例は加圧トレーニングだ。筋肉を酸素不足の状態にして成長ホルモンを大量に出させ、結果として筋肉が太くなり基礎代謝が上がる。量的議論はともかく、理屈は通っている。但しこれは運動を全くしていないわけではなく、少しの運動で大きな効果を狙うもので、実際のところ少しの運動でも大いに疲れる。

ここで、基礎代謝と代謝の違いに注意する必要がある。体を温めることで代謝を促すダイエットに、長湯やホッカイロダイエットなどがあるが、これらはその「暖めている時間」のみ代謝が上がり、その後は元に戻ってしまう。代謝が上がっている時間はカロリーを消費するが、その程度は体温1℃毎に基礎代謝の13%と言われている。基礎代謝1400kcalの女性なら182kcalだが、これは1日での消費なので、例えば風呂に1時間入って体温を1℃上げたとしても、その消費は9kcalにしかならない。

以上を一言で整理すると、「基礎代謝が上がるほどの量の運動をしたことになっているか」というのが判断基準になる。機器の種類毎にこれを見ていこう。
  1. EMS
    1. 神経を騙して筋肉が自ら動いているので、運動していると言える。
    2. 部分的には激しく動いているので、筋繊維を切断していることは考えられる。筋繊維を切断すると、再生時に繊維が太くなり、基礎代謝を上げる。これは、やった人が初日に筋肉痛になった、などのレポートがあることからも確かに思える。
    3. だが、別途検討している通り、当てたところしか動かないので、その量は全く不足だ。
  2. 揉み解しマシン
    1. 動いてはいるが、筋肉が自ら動いているわけではないので運動しているとは言えない。
    2. 激しい運動で筋繊維を切断している可能性はあるが、当たっているところにしか効かないのはEMSと同じだ。
  3. 金魚運動マシンや振動マシン
    1. 体が強制的に動いているだけだが、動きに合わせて自分も体のバランスを調整しているため、運動していると言える。
    2. 全身が激しく揺れるため、筋繊維を切断するような動きになっている可能性がある。その量も、全身に影響しているため、充分である可能性がある。どちらかと言えば振動マシンの方が運動量が多いように見える。金魚運動マシンでは激しさが足りないかもしれない。
  4. シェイプアップパンツ
    1. ただ締め付けるだけではなく、体の自然な動きを阻害しているため、その分普段の動きの抵抗が増し、運動していると言える。
    2. 運動代謝は全代謝の20%、基礎代謝は70%、その他が10%ということなので、基礎代謝が1400kcalの人の運動代謝は400kcalということになる。効率低下分を10%とすると、追加で得られるエネルギー消費は40kcal。ジョギング1時間当たりのエネルギー消費は350kcalだから、7分ジョギングをすれば間に合う。つまり量的に全く足りない。
    3. 動きが普段のままなので、(追加での)筋繊維の切断は生じない。
  5. 超音波マシン、ラジオ波マシン
    1. 筋肉の運動には貢献しない。どちらも体温が上がるポテンシャルはあるため、その部分が、当てている間だけ、温度が上がる分「(基礎代謝ではない)代謝」が上がる可能性はある。
    2. 体温が上がるのは体の中のホンの一部だ。体温が1℃上昇、体温が上がっている体積を全体積の1/100、時間を20分で計算すると、1400×0.13×0.01×20÷60÷24=0.025kcalとなり、殆ど意味がない。
    3. ラードが融けるデモには意味がない。体内の脂肪分は体温で既に液体である。牛や豚の脂を食べたとしても、消化器で分解され体内で再構築されるので、体の中の脂が(体温より低い常温では固体の)ラードのようになっている訳ではない。温度が上がれば粘度が下がるということはあるだろうが、だからと言ってそれが流れ出ていってどこに行くかといえば同じ体内である。消費されるわけではない。
    4. ラジオ波の周波数は1MHzくらいが相場のようだ。電子レンジの周波数は2GHz前後だが、その周波数は2千倍違う。電磁波のエネルギーは周波数に比例するから、同じ効果を挙げるには二千倍の出力が必要ということだ。例えば500Wの電子レンジに相当するエネルギーを得るには1,000,000Wが必要ということになる。
    5. 一方で、単三アルカリ電池1本の容量は、1.5Whくらいだ。つまり1.5Wで1時間動かせることになる。単三アルカリ電池3本で1時間動かせる機械の出力は、4.5W以上には原理的になり得ない。これは電子レンジの1/200,000の効果、ということになる。
    6. 使い捨てカイロの発熱量は12kcalで、これは14Whになる。基礎代謝でなく代謝を上げる目的なら、ホッカイロを脇に挟む方がずっと簡単で効果的だ、ということになる。
    7. 体をほんの少し暖める程度のエネルギーしかないので、筋繊維を切断するほどのエネルギーが発生するとは考えにくい。また、もしそうなら、その結果として筋肉痛が起きるはずが、そのような話は聞いたことがない。
  6. キャビテーション
    1. 結局超音波なので超音波マシンと一緒だ。
 また、これらの機器には決まって、被験者が驚きの効果を挙げたことが唄われる。わずか4週間でマイナス何cm!などだ。

これには、統計学的な視点からの反証可能性がない、ということを指摘したい。つまり、①被験者の数が統計学的に有意な数だけ居たのか、②比較対象として何もしない人、あるいは別の(効果のない)やり方でやった人が同じ人数だけ居たのか、③恣意が入らない状態で行われたのか、だ。

①がなければたまたまかもしれない。②がなければ心理的効果(意識せずとも頑張ってしまう、よく見せようと見栄を張ってしまう、プラセボ効果)が排除できない。③は大量に募集しておいて成功した人だけ見せる、などが可能である。まあ当然だが、どれか一つでもマトモにクリアしたものは見たことがない。

結論として、(意外にも?)振動マシンのみが可能性として残った。まあ、エンタテイメントとして見ていれば害はないので好きでよく見ていたのだが、知り合いに相談を受ける事態となって、ちょっと慌てて考えをまとめてみた次第である。

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