2017年8月8日火曜日

遺伝子操作の安全基準


遺伝子操作の実験に失敗してできてしまった怪物、それを退治しようとする地球防衛軍と怪物を憎めない科学者、といった構図は、SFではよく見られる。だが実際のところ、そんなに恐ろしいものなのだろうか。

まず、遺伝子操作と突然変異は、現象としては同じモノである。ついでに言うなら品種改良も殆ど同じである。問題なのはどこ(どの遺伝子)が変わるかだが、突然変異はその場所はランダムだ。品種改良では、人間が把握できていないとしてもある程度の場所の目処はある。遺伝子操作は人が意図的に特定部分を改変する。
そしてその心配を分析すると、
  1. 瞬く間にその種が世界中に広まってしまい、それ以外の種が絶滅したり、あるいはそれが原因で他の生物へも影響が及ぶこと。例えばそれを含む食物連鎖が破壊されたり、遺伝子の変異が他の生物にも感染すること。
  2. それを食すことによって、治療不可能な病気になること。
  3. 醜い、凶暴な、等、マイナスイメージな(主に高等)生物が作られてしまう可能性。多く肉を取るために極端に肥大した牛豚鶏、(性格の悪い)超天才、手足を切り取られてもまた生えてくる危険作業員、など。
となるのだろう。このうち3.自体は大きな問題ではない。一言で言えば「失敗作」として封印してしまえばよい。2.は実験によって確認できるから、1.さえ起こらなければやはり「失敗作」として葬ることができる。つまり、全ての問題は1.に帰結する。

1.には更に二つに分かれる。前者は拡散の速度、後者は他の生物への遺伝子汚染だ。そして遺伝子汚染は更に三つに分かれ、接触によるもの、受精によるもの、摂食によるもの、に分かれる。

まず拡散の速度だが、拡散の速度=生物としての強さだから、環境に対する強さをあらかじめ試験することで相応の予測と対策は取れるはずだ。例えば新しい小麦を開発したとして、その小麦が従来の小麦を駆逐するかどうかは、小麦畑の環境への適応度に比例する。元々従来品種であってもその差はあるので、それらと極端に違わなければ問題はないはずだ。つまり、実験で前もって環境耐性を知り、一定以上の「強い」品種はやはり「失敗作」として葬ることができる。

その「強い」品種が万一漏れてしまった場合、その強さは予想されているため、対策の規模もまた予想できる。だが、後述の遺伝子汚染さえなければ、それは自然淘汰と同じ結果になる、つまり最悪、弱い小麦が駆逐されるだけに終わる。原始小麦が殆ど地球上にないのと同様、仕方のないこととして片付けられるだろう。

遺伝子汚染についてだが、原理的にはそれほど安全ではない。交配は正にそうであるし、摂食によるDNAの生物間移動は実験で確かめられている。単純接触による遺伝子移動は聞いた範囲では知らない。

そこで、まず検査すべきなのは遺伝子汚染である。これも「強さ」と「影響範囲」を調べることになる。同種(同じ小麦)に対してだけでよいのなら、実験で確かめられるからそれほど問題ではない。むしろ問題なのは、あらゆる生命に対して全て実験をしなければならないのか、というところだ。

例えば小麦と大麦、小麦と米、小麦とじゃがいも、小麦とキャベツ、・・・などは網羅的に調べなければならなくなる。極端な話、小麦とサル、小麦とイルカ、小麦と人間、小麦とインフルエンザウィルス、なども可能性としてはあり得るわけだ。なぜあり得るかと言えば、あり得ないということが科学的に実証されていないからだ。

多くの動植物では、自分と同一種でなければ受精はしないのだが、これも確率論の話で、たまにでもそういうことが起こらないとは保証できない。実験室なら見つけたら処分すればよいが、自然界でそれをすることは不可能だ。そして、大部分は大丈夫だとしても、見逃したごく少数の生物が集中的に汚染されてしまう、ということがあり得る。生物の数は膨大だから、実験で確かめるのは不可能であり、原理的に不可能であることが証明される必要がある。

また、摂食によっても、大部分は消化されてしまうのだが、ごく一部が消化管を通じて体内に入った例は実験で確かめられている。もちろんその後活性化するかどうかは別の話ではあるが、原理的に不可能と言うのではなく確率論で大丈夫、というのであれば少々心配だ。原発のときのように、何百万年に一度のはずの事故が、数十年の間に三回も起こるようでは安心できない。

ただ、それだけを以って不可とするのは早計である。それは、汚染される部分が遺伝子汚染に関わるものか、つまり自己複製遺伝子になっているかどうか、だ。単に病気になりやすくなるというのも困りものだが、遺伝子汚染が1世代で留まるならまだ考えようがある、ということだ。

しかし、そこまで研究が進んでいるわけではない。だから、今の時点では、遺伝子操作生物がとんでもない事態を引き起こす可能性はゼロではないし、天文学的に少ないとも言えないのが実態だ。少なくとも論理的には、まだ遺伝子操作生物を実験室の外に出すべきではない。

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