2017年12月9日土曜日

アンドリューNDR114


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BCNDR114

言わずと知れたアシモフの名作の映画化だ。最初は映画館で見て、かなり感動した覚えがある。だが、先日改めて見て、少し違和感を覚えた。

アンドロイドが人間の外見を備えることや個性を持つことを社会が認めない、偏見を持つ、またアンドロイドを人間と認めることに対して抵抗するといった、この映画の主要なテーマについて、最初に見たときと今とで社会の空気が違ってきているように思うのだ。ちなみに日本では2000年に公開されたそうで、たぶん自分もそのときに見ている。

その違いだが、恐らく日本ではそういった抵抗はそれほど強くならないのではないか、ということだ。既に石黒教授のアンドロイドがあちこちに展示されたりテレビに出たりしているし、aiboも復活した。少なくともアンドロイドを奴隷や使用人ではなく仲間、友人、話し相手として位置付ける傾向は出てきているように思う。

もちろん人間として法的に認めることに対しては大きな抵抗があると思うが、映画の場合はアンドリューが訴えてから数十年、アンドリューが発売されてからは二百年経っている想定だ。この間の技術進歩や意識の変化は、もっと凄まくてもよいはずだ。

今同じ映画を作るなら、最初からロボットは人間そっくりで、表情もそれなりに豊かであり、感情も個性もかなり表現できるはずだ。そして50年で不死のまま「準人間」の法的地位を確立でき、人間との結婚も許されるようになる。一方で人間の機械化も進み、特に頭脳の一部さえも機械化されるため、人間との区別は更に難しくなっていき、人間を前提とした法の方をむしろ変える必要が出てきているのではないか。

それは、オリンピックでドーピングを禁止したり、パラリンピックを別に設定したりすることの延長になる。例えば腕を機械にした人間が暴力を振るうと凶器とみなされるとか、記憶力強化脳を使っている人は受験枠が別になるとかだ。

その延長で考えるべきなのは、機械化、特に脳の一部が置換された人間は人間と言えるのか、というところだ。ここで、手足や臓器なら問題ないだろうとは必ずしも言い切れない。なぜなら、それらが感情や人格の一部を形成している可能性があるからだ。NHKスペシャル「人体」を見た人はそういう疑念を抱くだろうし、自分の以前の投稿でも、記憶が脳以外の場所に存在する可能性に言及している。

法的にはともかく、体が機械に置き換わっていくと、アナログ的に(置き換えれば置き換えるほど)「人間」ではなくなっていくのではないか。脳が大きな位置を占めることは間違いないだろうが、臓器によって「人間度」が割り当てられ、例えば腎臓ひとつ何%として、置き換わった程度に応じて人間度が失われていくようなイメージである。

一方で、機械の場合は人間度は脳に集中しており、それが何で出来ていたとしても、一定のテストをクリアすると人間度が与えられる。つまり脳の一部を取り替えたとしても、人間度は失うわけではなく、代替脳の人間度とその脳の一部の人間度が置き換わることになる。但しそれはあくまで「人間度」であって、「その人であること」つまりアイデンティティは別に計測する必要がある。

この原理でいくなら、全てが人工脳のアンドロイドであっても、本物の人間を超える人間度を持つケースもあり得るわけだ。そんな社会でその個体に権利を与えるのは、当然のことであろう。

但し、その権利はもはや人間に与えられるものではなく、人間度やアイデンティティに対するものになっているはずだ。だから、権利と義務はバラバラに分解され、明確な線引きはなくなっている。

例えば、子供を儲けるよりロボットを一台作る方が生産性が高いのだから、行政が子供に対する支援(控除や補助金)をする意味は薄れているだろう。ロボットと結婚できるのなら、同姓婚や多人数婚を認めない風潮も廃れているだろうが、一方で相続における特権や家族控除は減り、純粋に尊厳だけの問題になっていくはずだ。

これは一方で、定型的な幸せの形が崩れていくことも意味している。良い学校に入って良い就職をして良い人と結婚して子供を儲けて…というのはごく一部の例に成り下がり、数人で何百年と人里離れて暮らしたり、大家族で閉鎖社会を築いたり、趣味一筋になったりと、生き方は多様化していく。

そんな中ではアンドリューが求めることは簡単に得られ、逆に人間の方が色々と悩む世界が描かれることになるだろう。それはそれで面白く、そんな映画も見てみたい。

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