少子高齢化への対応として、行政コストを大きく減らすために有効なのがコンパクトシティである。街の範囲を限定してそこの行政サービスを充実させ、そこ以外の行政サービスを低下させるものだ。
インフラや警察消防など、行政が用意するインフラの保守コストは、サービス範囲に人が少ないほど割高になる。過疎化・少子高齢化で人口が減少し、更に生産年齢人口比率が落ちてくれば、納税による歳入も減るので、インフラの維持コストが深刻になってくる。これを防ぐのが目的である。
だが、知る限りでは成功したコンパクトシティはごく少数だ。コンパクトシティを作っても、そこに移り住んでくれる人が少ないからだ。
日本には居住地自由の原則があり、これは憲法で保証されていると解釈されている。このため強制的に移住させることはできない。また、日本では土地は所有できるが、国や自治体は原則として買い取ってくれない。だからコンパクトシティ化で価値が落ちた周辺の過疎地域に家を持つ人は、なかなかその家が売れない。また、過疎地の行政サービスを大きく低下させることは、日本流の「大きな政府」との相性が悪く、なかなか思い切ったことができない。
また、引っ越し自体が大仕事である。端的に言えば間取りが違うから、全てを持っていって納まるかどうかが分からないからだ。同じ平米であってもレイアウトが違えば家具が入らないとか、梁が邪魔だとか、細かい問題は出てくるものだ。一つ一つ全く違う間取りから間取りへ移動する必要、エレベーターがない、細い階段など特殊な家が多数ある実態、そういうものが自動化や単純化を阻み、値段を釣り上げる。
人がもっと気軽に引っ越しできるようでないと、コンパクトシティはうまくいかない。そしてコンパクトシティ内とて事情は同じで、その中でもフットワーク軽く引っ越しできないと、やはりコンパクトシティ内で同じことが起きてしまう。
例えば、小学校の近くに家を買ったと喜んでいても、子供は成長して何れは中学高校と進学していく。いつまでも小学校の近くに住んでいてもメリットはないのだが、家を買ってしまうとなかなか動けない。そして中学校の近くにしか空きがないところに小学生を持つ家族が入居したりする。このお互いは交差しながら通学するのだが、これは移動時間の無駄と言える。
もし簡単に引っ越しができる環境があるのなら、コンパクトシティはもっと効率化するし、過疎地からコンパクトシティへの誘導ももっと進むはずなのだ。そしてこれは個人の家に限らず企業のオフィス、更には行政サービス拠点などでも同じである。
そこで考えるのが、国や自治体が土地や建物を所有し、個人に所有権を認めない代わり、とんでもなく住みやすい「街」を作り出してしまうことだ。これをフレキシブルシティと命名してみる。
フレキシブルシティは、職住学地域、工場農場地域、娯楽施設、それらを結ぶ自動運転車通路、で構成される。その大きな特徴は、職住学地域における規格化された間取りと自動物流である。
職住学地域について説明すると、8x10mの部屋が大量にあり、それが廊下やデッキでつながっている建物が延々と連なっており、その前には200〜400mトラックを有する運動場がやはり連なっている。
8x10mということは80平米だが、これは夫婦+子供二人の住宅としてはやや大きめの贅沢構造だ。また学校の教室としてみると、殆どの学校は7x9mなので、十分に広い。事務所としても、20人程度までの事務所としては十分である。
つまり、人口構成や企業の状況などによって、それらの部屋をフレキシブルに割り当てて使う、というのがそのコンセプトだ。学校の教室、住居、サテライトオフィス、役所の出張所、小規模店舗、飲食店、医療施設、警察、クリーニング店などを、その人口構成に合わせてフレキシブルに適用する。これによって、職住学接近が為される。
同じ8x10mの部屋であれば引っ越しは容易なので、例えば5年に1回大規模なレイアウト見直しをして、それに合わせて一斉に引っ越しをするようなルーチンを作る。こうすることによって、都市は常に最適化された状態になる。
例えば、ある企業が急激に業績を伸ばして従業員を増やしたら、隣の部屋の人に移動してもらってそこに事務所を作る、といったことができる。採算が悪く撤退した企業や店舗があれば間を詰めてもらうこともできるだろう。
部屋は賃貸になるのだが、通常の借地借家法に基づく賃貸では、この引っ越し強制は不可能である。定期借家権でもダメだ。このため、「居住権はあるが場所は貸主(自治体)の指示に従う」という新しい借家権が必要である。
またこの部屋には教育用のプロジェクタが2台設置されている。前後の白板兼スクリーンに投影するもので、これは各家庭や事務所が好きに使って良い。これで大画面投影で遠隔事務所を繋ぐこともできるので、オフィスの大きさが制限されていたとしても、コミュニケーションを良好にすることはできるだろう。
大画面スクリーンと通信が最初から配備されている前提では、打ち合わせにしても教育にしても、遠隔で行うことは容易になる。例えば、複数の教室で教師一人が対応することも可能だし、特別講師を遠隔で招くこともできるだろう。これは家庭でも同じで、遠隔地に住む両親と常に繋いでおくようなことは可能だ。
工場農場勤務や、娯楽施設に行く時には、自動運転車を使う。自動運転車は建屋の3階から発着するので、徒歩の人を妨げることはなく、信号もなく、渋滞も関係ない。自動運転車も所有ではなく、自治体主導のシェアリングである。
家庭と事務室では作りが大きく異なる、という異論はあると思う。ここでは主にキッチン、風呂、トイレの問題となるのだが、これは各部屋に上下水道管及び換気管を2セットづつ事前に配管しておく。教室にはドアが二つあるが、この近辺に配置しておいて、風呂・トイレ・キッチンは移設可能にする。また共用部にもトイレは用意する。なお、キッチンは電気式に統一する。ガス管は配置しない。
この部屋の大きさは一人二人暮らしには広すぎるので、その場合は半分のところに仕切りを設置して二部屋として使用する。
娯楽施設はモール形式にして、店舗の栄枯盛衰もフレキシブルに対応する。但し普段の買い物は、職住学地域の小規模店舗で済ませる。開放感を得られたい場合や大きな店舗での買い物のみが対象である。テナント料の調整によって、大規模店が一方的に有利になることのないようにする。
これらを貫く自動運転車は、人用と物流用の二種類がある。このうち物流用は、各部屋への自動受取に対応していて、一定のサイズ制限の下、完全に自動で荷物を送ることができる。
受け箱はデフォルトでは一部屋毎に二つ(ドア毎に一つ)である。この受け箱に自動倉庫を連結することは可能で、店舗や事務所等ではこれを利用する。冷凍冷蔵は、自動運転車側では対応するが、受け箱では対応しないため、在宅時のみ受取可能である。
また、工場農場地域に物流センターがあり、各建屋の各階には小規模の自動倉庫がある。これらは一時ストックとして機能する。物流センターは、フレキシブルシティ内外の物流の中継地となる。
全世帯・全事務所・全工場・全教室で自動物流が可能という前提により、フレキシブルシティ内では様々なことが自動物流前提で動く。これは大きな特徴である。
まずは買い物。冷蔵・冷凍・常温と分けて箱に詰め、自宅指定で送れば、後は手ぶらで帰れる。ネットスーパーのように時間指定して家で待つ必要はなく、常温が先行して自宅に届き、家族が帰ってきたら冷蔵と冷凍が届く設定になっている。また、ショッピングモールに行って、先に買い物をしてから遊ぶこともできるなど、時間もフレキシブルに使うことができる。
また、自動倉庫はストックとしても機能するので、例えば季節の服などは自宅に置かず、自動倉庫に追い出してやることができる。これで部屋を広く使える。
また引っ越しもこれを活用できる。大型家具以外はまずこれに載せていったん物流倉庫に収め、大型家具のみ手配して、家具配置後また荷物を自動で取り寄せる、といった手順で引っ越しが完了する。この時、通函ではなく家具兼用の箱に入れておけば、箱を積み重ねるだけでよいので更に簡単である。冷蔵冷凍も大丈夫だから、引っ越し日程に合わせて冷蔵庫をカラにする必要もない。
また、頻繁な引っ越しに適した家具もリースないしは販売することが考えられる。キャスター付き、折りたたみ、分解簡単、規定サイズ内、あるいは自動運転車による牽引が可能な家具を作れば、荷造りせずに引っ越しが可能になる。
この物流の仕掛けはゴミ捨てにも応用できるため、ゴミ回収も24時間可能である。但し生ゴミは原則ディスポーザーで対応する。その他の燃えるゴミ燃えないゴミ資源ゴミは、専用の通函で送るようにする。専用通函は匂い漏れのない密閉容器であり、また返還される前に洗浄される。
工場農場でもこれはフル活用される。例えば、部品ストックや半完成品が同じ仕掛けで自動倉庫に取り込むことができるので、自動倉庫を工場の一部として使用できる。
フレキシブルシティを魅力的にする施策は以上の通りだが、これ以外に過疎地の人がフレキシブルシティに移り住む動機として、次のような施策が考えられる。即ち、過疎地の土地を手放してフレキシブルシティに居住する者は、その居住権を相続できるようになると共に、自治体(フレキシブルシティ)が手放す土地を買い取るようにする。自治体はその土地を整理して、工業や農業、あるいは自動倉庫に転用する。